139.人に呪術を向けてはいけない
アスティとボリス師匠が同じ部屋にいる。もちろん、僕も一緒だった。それからラーシュとイェルドが、何か魔法陣を描いていた。古代語がいっぱい並ぶ。その周りに、円を描いて、ラーシュが満足そうに頷いた。
「完璧だ」
「出来た時点で満足しないで、発動回路のチェックをしてくれ」
「分かってるよ、ったく」
ラーシュは出来上がると満足しちゃうタイプで、確認しないと安心できないのがイェルド。正反対だけど、だから仲がいいのかな。僕とヒスイが仲良いのは、やっぱり性格が同じじゃないから?
アスティのお膝に乗って、僕は首を傾げた。さらりと黒髪が流れる。最近伸ばしていたので、肩の下まで届くようになった。指先でさらさら遊ぶアスティが、ひとつに結んでくれる。
「ありがとう、アスティ」
「いいのよ。どうせ先に呪われるのは、ボリスだから私は暇だし」
「女王陛下、その発言はどうかと」
窘めるボリス師匠の言葉に、ぺろっと舌を見せたアスティが可愛い。アスティの腕を抱っこして、彼女の銀髪に顔を埋めた。今は解いていて、僕の上に柔らかく流れてる。僕より硬い髪だけど、触れると気持ちいいの。
「間違いないな。確かに狙われるなら、女王より騎士団長だ」
イェルドが同意した。理由は何とも……大人の話っぽい感じ。曰く、あの子の性格は歪んでる。徐々に追い詰めることを選ぶから、アスティより先にボリスを攻撃するんだって。
なるほど、アスティが傷つけられたら僕は混乱するから、先にボリス師匠を……あれ? 僕、ボリス師匠を傷つけられてもショックだよ。そう伝えたら、ボリス師匠に頭をぐりぐり撫でられた。
「俺を心配してくれるのは、お前くらいだな」
「アスティも心配してるよ」
付け加えると、二人から頭を撫でられた。その後、頬にアスティの唇が触れる。嬉しくて僕も返した。
「ああ、その……イチャついてるとこ悪いが、来たぞ」
言われて顔を上げた僕は、黒いモヤを見つけて震える。ぞわりと背中を冷たい物が撫でたみたいで、肌がぶわっとなった。気持ち悪い、本能的にそう思う。
「やはり騎士団長へ向かうか」
ゆらゆら伸びる黒いモヤが、師匠の腕に絡みついた。それでもボリス師匠は動かなくて。イェルドやラーシュも黙ってる。僕は約束通り、両手で口と鼻を隠した。吸い込むと危険なんだ。
ラーシュ達の描いた魔法陣は、部屋の中央にある。棚やベッドを片付けた部屋は、僕達の座るソファだけ。床に描かれた魔法陣はまだ発動しなかった。
黒いモヤがすべて魔法陣の上に乗ったところで、ようやくラーシュが手を触れる。魔法陣の縁から魔力が満ちていった。イェルドも反対から手を触れて魔力を流す。中央に座る僕達を、魔法陣の放つ光が包んで……突然消えた。
「もういいぞ」
「いま、何かが飛んでった」
僕は目を瞬いて、見えた光景を話す。黒いモヤが光に貫かれて、赤に色を変えたんだ。魔法陣に吸い込まれちゃった。両手を動かして説明したら、ラーシュが大笑いした。
「そこまで見えたか。立派なもんだ、もうすぐ俺との勉強も卒業だな」
「何だったの?」
「呪詛返しってやつさ。どんな呪術や魔術でも、法則がある。塔の奴らが使う法則を捻じ曲げ、放った者へそっくり返した」
「人を呪わば穴二つってな。古代の諺があるんだ。人に呪術を向けたら、自分の命も捨てて考えろって意味だ。覚えなくてもいいけどな」
僕には関係ないと言いながら、ラーシュもイェルドも教えてくれた。ボリス師匠を狙った呪術は、あの子に返ったのかな。その質問には、誰も答えなかった。
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