104.それは恐ろしい仮定――SIDE竜女王

 憑依の呪術と断定された。前魔王が蘇ろうとしている。その話を聞いて、すぐに調査を進めた。次期魔王候補に名を連ねたラーシュであっても、この呪術は謎が多いと眉を寄せる。成功させた話はほとんどなく、しかし実際に目の前で起きた現象は「呪術が成功した」と判断できる状況だった。


 完全に発動する条件が分からず、ラーシュも首を傾げている。目が見えなくなったカイは不安から、私の手を離せなくなった。誰にも言えないけれど、ひそかに喜ぶ気持ちもある。


 カイは誰にでも好かれる純粋で可愛い子だから、ヒスイを始めとしてアベルやボリス、護衛の騎士も彼を愛するだろう。無邪気に微笑んで周囲を魅了してしまう愛らしさもカイの良さなのに、私は嫉妬した。醜く汚い感情だ。あの子が私だけ見ればいいのに、と。


 カイはいま、私の手が離れることをこんなに恐れる。それが依存になり、私への執着に変わればいいとさえ……こんな黒い感情をあの子に見せられないわ。溜め息をつきかけて飲み込んだ。目が見えなければ、嗅覚や聴覚が敏感になる。私が溜め息などついたら、気にして落ち込んでしまう。


「カイ、見えなくても私の可愛い番よ。きっとすぐに治るわ」


 確証もない慰めに、カイは笑顔で頷く。見えていない目は宙をさ迷うけれど、笑顔は変わらなかった。愛しさで我慢できず、ちゅっと額にキスを落とす。擽ったいと笑うから、頬や首筋にもたくさんのキスを贈った。そのたびにきゃっきゃと喜ぶカイは、私の頬や額に冷たい指先で触れて自分もキスを返そうとする。


 この子が他人に乗っ取られる未来なんていらない。何を犠牲にしても阻止しましょう。その上で、一緒にいられる未来を探ればいいの。頬が緩んで、笑っていると気づいたカイも綻ぶ蕾のように笑顔になった。


 話があると示すアベルに頷き、しかしカイを離せない。少し悩んで、カイに眠りの術を掛けた。魔法のひとつだが、竜族同士では効果がない。カイが眠れなくなったと知った時に覚えたばかりの魔法は、ふわりと幼子を覆った。


「あふっ……」


 欠伸をして、小さな手が口を隠す。抱き上げて歩きながら、揺らして眠ってもいいのだと声をかけた。


「寝ても、いる?」


「ええ、こうして手を繋いだまま寝ましょうか。それなら一緒よ」


「うん。大好き、アスティ」


「私も愛してるわ」


 眠ったカイの周囲に音を消す結界を張る。廊下を進んだ先にある執務室へ入り、続いたアベルやラーシュが扉を閉めた。ラーシュは手早く結界を重ね掛けし、話が外へ漏れないよう注意を払う。そこまでしてようやく口を開いた。


「カイは前魔王の直系で、憑依の呪術の対象だ。どうやって直系の血族を残したか不明だが、目が見えなくなったのは悪い兆候だな」


 ラーシュはカイを気に入ったらしい。実力はあるのに興味がなければ指一本動かさないと言われる彼が、真剣に古書を漁ったと聞いた。インクの黒ずみを付けた指先で額をトントン叩きながら、ラーシュは部屋のソファに腰を下ろす。


「憑依は、奪う場所を一時的に利用できなくする。足や腕が一般的だが、その理由は分かるな?」


 全身を操る術は難しい上に条件が厳しい。だが体の一部なら条件も緩かった。そのため腕を憑依で奪うなどの方法は過去に使われた記録がある。憑依された者は己の腕を切り落としたという。目や口、脳などを操ろうとすれば、前魔王は相当大きな対価を払ったはず。


 前提条件を説明し、ラーシュは己の推論を口にした。恐ろしいことだが、行われたと仮定すればすべてが納得できる。


「前魔王が殺した者すべてが対価に捧げられ、この憑依が実現したのだろう。50年のズレは……前魔王の息子が原因だ」


 ラーシュは自分一人で抱えるのは無理だと言わんばかりに、早口で恐ろしい内容を吐きだした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る