103.実在したとは――SIDE魔族

 なぜこんなに真剣に調べるのか。飽きっぽくて何も続かない俺らしくない。自分でも奇妙に思うが、長い人生こんな時間があってもいいだろう。親族でもない幼子だが、魔族の血が半分流れている。たったそれだけの縁続きで、こうして知り合う機会を得た。純粋な笑顔を向けるあの子が気になる以上、飽きるまで付き合ってやろう。


 何かに執着した経験がないので、この感情はしばらく俺を混乱させた。人族が無責任に広めた「災厄」の噂を鎮め、ようやく落ち着いたところへ新しい噂が広まる。あの子は災厄であり、前魔王の子であると。


 前魔王――世界を滅ぼす災厄と呼ばれた男だ。人族や獣人を含め魔族も手にかけた。人口を半分に減らしたと言われる大虐殺の犯人であり、竜女王アストリッドの名を高めた。魔王は代替わりすれば「先代」と表現される。だが代替わりしていないため「前の」魔王と呼称した。一般的な代替わりではないと示すために。


 カイはまだ5歳にならない幼子だ。母親はただの人族であったため、妊娠期間は1年。ならば56年前に死んだ魔王の子を宿すはずがない。噂を打ち消す材料になると調査したが、勘違いではなかった。死の直前に前魔王が使用した魔法陣がそれを示している。


「憑依の魔法陣――実在すると思わなかった」


 制約が多く使い勝手が悪いため、別の魔術にとって代わられた古代魔術のひとつだ。相手の体を乗っ取ることが可能だが、制約が厳しかった。操る部位によって求められる条件の厳しさが変わる。単純に姿を真似るなら変化の方が便利で、操るなら魅了などを使う方が簡単だった。


 もし、前魔王があの子どものすべてを乗っ取るとしたら、条件は己の直系のみに限定される。魔術が発動している時点で、あの子が前魔王の直系子孫である事実は揺るがない。だがどうやって時間を超えたのか。50年の対価となる何かを捧げた筈だ。


 長老クラスに聞きまわり、大量の書物を読み漁った。集まってくる情報を精査して取り込み、忙しく過ごす俺に緊急の呼び出し要請が入る。


「今は忙しい」


「竜女王の番の件だそうですが」


 がたんと椅子を倒して立ち上がり、大急ぎで竜女王の屋敷の座標を魔法陣に刻む。空を飛ぶより転移の方が早い。魔法陣制作の手間や時間を考慮しても、急ぐ必要があった。


 まさか憑依が発動したのか? 準備する間に飛び込む情報を聞く間に準備が整った。目が見えなくなったらしいと付け加えた友人が「気を付けて行ってこい」と苦笑いする。


「悪いが散らかした本を戻しておいてくれ」


 それだけ告げると、読みかけの本を掴んだまま転移を発動した。間に合ってくれ、その願いは裏切られるが、手遅れではなかった。


 なぜ庭に出たかったのか、散歩に拘ったのか。突き詰めると困惑した顔で「分からない」と答える。まだ間に合うのだ。その安堵感が広がり、俺は初めて人前で膝から崩れ落ちた。

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