102.お散歩に行かないと

 どうしてもお庭でお散歩がしたい。しないといけないの。そう説明したら、アスティは黙っちゃった。繋いでる手を引っ張る。


「ねえ、ダメ?」


「見えないから危ないわ」


「お手手繋いでたら平気。抱っこでもいいの」


 絶対に外へ出ないとダメなの。理由は分からないけど、お散歩はやめたくない。なんでかな、僕はお散歩どっちでもいいのに。お散歩すると誰かが頭で叫んでる気分。勝手に口から我が侭が溢れ出した。


「いいわよ。手を繋いで行きましょう」


「うん」


 お昼ご飯はいつもと同じ「あーん」で食べる。見えないから口を開けて待つ僕に、アスティは食べ物を説明して口に入れた。甘いのも酸っぱいのも、いろいろある。パンは自分で千切った。それをアスティがスープに浸して、スプーンで返してくれる。


「美味しい?」


「美味しい。僕もあーんできなくてごめんね」


 謝ると、手の上に何かが置かれた。


「葡萄よ、一粒ずつちょうだい」


 アスティは僕が食べさせられる葡萄をくれたみたい。手探りで葡萄を房から離して、指で摘んで差し出す。アスティが「食べるわよ」と声をかけて葡萄を唇で受け取った。その後で、ちゅっと音をさせて僕の指を舐める。擽ったいよ。


「見えなくても出来た!」


 嬉しくて笑うと、僕の手を片方だけ持ち上げたアスティが自分の頬に付けた。アスティが笑うと、頬の部分が動いてわかるの。凄い。


「アスティも嬉しい?」


「ええ、とても嬉しいわ。私の気持ちが知りたかったら、こうして触って」


「うん、ありがとう」


 葡萄を食べさせて、僕も食べさせてもらい、お昼ご飯は終わった。お昼寝はしないで、そのままお散歩に向かう。裏がしっかりした外用の靴を履いて、アスティと並んで歩いた。あと少し。


「っ! 竜女王、待ってくれ」


「散歩の後でなら」


 ラーシュの声だ。何か焦った感じ、僕もそわそわした。早くお庭に出なくちゃ、そう思って手を引く。そんな僕を抱き上げ、アスティがラーシュと話し始めた。


「散歩は後にしろ、呼び出されて急ぎで飛んできたんだ。目の治療をする」


「ああ、悪かった。ならば散歩は後にしよう」


「後にしちゃうの?」


 慌てて尋ねる僕に、アスティは「すぐだから」と約束した。でも今じゃないとダメなの。すぐに外に出たいと口にする。首を傾げるアスティの銀髪がさらさらと僕に触れた。


「やはり呪術か」


 ラーシュが呟いた途端、周囲が慌ただしくなった。アベルやボリスの声が聞こえて、少ししたら侍女の人に水を用意するよう命令してる。暴れる僕をアスティが優しく抱き締めて、お散歩に出られず連れ戻された。


 お部屋の柔らかい絨毯の上に下ろされて、僕は右も左も分からないまま後ろへ逃げる。嫌だ、なんか怖い。伸ばされた手が僕の腕を掴んだ。これ、違う! アスティじゃない!


 混乱した僕に、アスティの手が触れた。安心して力を抜いたら、そのまま横になって寝るよう言われる。靴も脱がされて、僕は寝転がった。


 すっきりした匂いがする。時々飲んだ、緑の葉っぱが入ったお茶の匂い。詰まった鼻がすっとする匂いだった。気持ちが落ち着いてきたところで、お花の匂いに変わった。これはお庭に咲いてた紫の花かな。すんすんと鼻を動かし、匂いを嗅ぐ。アスティの手が僕の目の上に置かれて、温かくて嬉しかった。


 でも……どうしよう、外に出られなかった。あれ? そういえば、何をしに外へ出たかったんだっけ。凄く大事なことがあった気がする。ラーシュの低い声が知らない言葉をいっぱい呟いて、眠くなってきた。


 起きたら、今度こそお散歩に行きたいな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る