101.なぜ幼子を狙ったか――SIDE宰相

 病気やケガではない。医者である老竜がそう呟いたことで、呪詛や魔術による攻撃が心配された。幼子が不安そうな表情で、ぼんやりと空中に視線を彷徨わせる姿は痛々しい。


 魔術や呪詛ならば、詳しいのは魔族だろう。大急ぎでラーシュに連絡を取らせた。従姉妹アストリッドは、泣き出しそうな顔で番の手を握り締める。


「大丈夫、平気だよ」


 震える女王の声を聞いて、幼子は慰めるように「大丈夫」を繰り返した。まるで自分に言い聞かせるようでもあった。ぎこちなくも笑顔を作る番に、アストリッドは頬を寄せて笑おうとする。崩れてしまうその表情に滲んだ感情が、どこまでも美しい。


 竜族は力がすべてだ。その圧倒的な力は、魔術も跳ね除けてきた。魔法による攻撃も受け流し、弾き、寄せ付けない。規格外の力を持つ種族であるがゆえに、創造主は番という弱点を作ったのかも知れない。


「大好き」


 番の愛情表現に、アストリッドも応じる。二人きりにしようと扉を閉めた。居心地悪そうに医師は口を開く。


「あと、あの子の魔力が増している。通常の増え方じゃない。体がもたず、崩れてしまうぞ」


「魔力が? やはりラーシュ頼りか」


 魔力についても、竜族は自然に使いこなす。魔族のように魔法陣や呪文を使わなかった。人族のように複雑な術式もいらない。だから、このような状況の対処が分からなかった。


 竜族が多すぎる魔力を取り込んだとしても、消化不良のような症状が起きるだけ。目が見えなくなったり、体が耐えきれずに裂ける事例はない。女王の番である幼子が、人族と魔族の間に生まれた脆弱な肉体の持ち主であることを、改めて再認識させられた。


 駆けつけたヒスイに事情を説明し、不安だろうが部屋に戻れと伝える。アストリッドは離れないだろう。見えない番の手を握り、常に一緒にいると示し続けるはず。その場に、彼の出番はなかった。


「わかりました。手伝えることがあれば、ご連絡ください」


「分かった。定期的な報告もする」


 何かあればではなく、何もなくとも連絡がなければ不安になる。ヒスイの心を守ることも、女王の番を守るのと同じだった。友人が心を病んだなら、あの幼子は悲しむだろうから。


「ありがとうございます」


 泣き出しそうな顔で頭を下げ、ヒスイは戻っていく。ラーシュはまだか? 苛立ちが募った。竜族に恨みがあるなら、我らを直接攻撃すればいい。番は最大の弱点だ。戦いで敵の弱点を突くのは正しい戦法だが、あの幼子を巻き込んだ犯人は八つ裂きにしても足りなかった。


 目が見えなくて不安な幼子は、それでも番である女王の心配をする。あの純真な子が、これ以上苦しまない未来を願った。

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