100.平気だから泣かないで
アスティが淹れるお茶は、甘い匂いがする。でも味は甘くない。飲んで眠ると夢を見なくて、すっきりと起きられた。夢でアスティと争うこともないし、僕が誰かを傷つけたりしない。
「おはよう、アスティ」
「ふふっ、早起きね。おはよう、カイ」
朝の挨拶をしてキスをする。顔を拭いたり着替えたりして、今日も僕はお部屋で過ごすの。朝ご飯を食べた後はヒスイが来る。お昼ご飯とお昼寝の間に、アスティとお庭を散歩する約束だった。
――それは都合がいい。
変な声が聞こえて振り返る。でも誰もいない。今の、誰だろう。首を傾げて、ヒスイと遊ぶ絵本や積み木を引っ張り出した。本も積み木も箱に入ってるんだ。簡単に横が開くの。
大好きなドラゴンの絵本を掴んだ時、右手のひらがズキンと痛んだ。何か刺さったのかな。本を置いて手を開くと、真っ赤な星が真ん中にあった。左手で撫でても血じゃないみたい。血が出ない傷? 赤いのは血が出た色なのに。
不思議に思いながら傷を口に運んだ。ぺろっと舐めたら治るかも。いつもの癖で舌を出した。ぺろんと舐めて、味がしないことに首を傾げる。血は変な鉄の味がするのに……やっぱり血じゃないのかな。
「うっ」
どくんと心臓が大きく動いた。苦しい、声が出ないよ。どうしよう……アスティ、アスティ。怖い、助けて。涙が溢れて顔を濡らす。転がって胸を押さえ、僕はそのまま動かずにいた。
「……あす、てぃ?」
声が出た。大急ぎでアスティの名前を呼んだ。僕を助けてくれる大切で優しくて大好きな人。痛くて目を閉じて、大きめの声を出す。
「アスティ、助けて。痛い、苦しいの」
首に下げた鱗を掴んで叫ぶ。すぐに足音が聞こえて、アスティが僕を抱き上げた。この腕はアスティだ。分かるけど……どうして暗いんだろう。さっき苦しくて目を閉じたから?
「カイ、大丈夫?」
「苦しかったの……胸が痛くて、それで声がね……出なくて……っ、ひっく」
泣いてないで説明しないといけないのに、全部話す前に涙が溢れて呼吸がおかしくなる。さっきの苦しいのとは違って、でも勝手に「ひっく」となった。抱き締めてぽんぽんと背中を叩くアスティの手が気持ち良くて、目を閉じる。そこで思い出した。
「っく……あの、目が」
「目が痛いのかしら」
「違う、暗くて見えない。真っ暗だよ」
ひっくと揺れる合間に説明すると、すぐにアベルが駆け込んできた。焦った声でまた走っていく。忙しいみたい。しばらくしたら、引き摺る足音がした。
「お医者さんよ、目を開けてみて」
言われた通りに目を開けるけど、何も見えない。暗いのは嫌いだけど、アスティの手がずっと僕の手を掴んでいた。だから我慢する。ひんやりした手が僕の頬に触れて、おじいちゃん先生の声が聞こえた。
「触れますぞ、眩しかったら教えてくだされ」
頷くけど、何も変わらない。少ししたら目薬をすると言って、何かを垂らした。でも見えない。いろいろ試した後、おじいちゃん先生は立ち上がった。小さな声で、アベルを呼んで部屋を出ていく。
足音が聞こえなくなると、アスティが僕を引き寄せた。胸に耳を当てる状態で抱っこされる。ぽんぽんと背中をゆっくり叩くアスティの手、耳から聞こえてくる心臓の音。触れたアスティの鱗は少し冷たくて、肌は温かかった。
「必ず見えるようになるから、心配しなくていいのよ」
「うん」
アスティは僕に嘘をつかないから、信じてる。僕は大丈夫だから、そんな泣きそうな声を出さないで。
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