90.すっとするお茶

「アスティ、こっち」


 手招きして、でも待ちきれなくて迎えに走る。抱き止めたアスティの腕を両手で掴んで、ぎゅっと引き寄せた。


「あらあら」


 困った子ね。そんなふうに笑うアスティが、本当は困ってないことを知ってる。アベルやボリス師匠がもう待ってるんだよ。人と会うお仕事が終わったアスティは、いつもより飾りが付いた服を着ていた。


「この服は暑いし重いわ」


 はぁ、溜め息をつくアスティに僕はにこにこと指を絡めて歩き出した。


「でもすごく綺麗。アスティはいつも綺麗だけど、そうしてるとお姫様だよ」


「お姫様? もうそんな年齢じゃないけど」


 アスティはよく年上なんだよと口にする。僕の何十倍も生きていて、だから色々知っていた。もしかしたら昔は僕以外にも可愛がったり、好きになった人がいるかも。ヒスイとそんな話をして、でも今は僕だけだから我慢する。


 昔は戻ってやり直せない。歴史のお勉強をするミーナ先生が教えてくれた。僕にドラゴンの歴史を教えてくれるミーナ先生は、自分も研究というお勉強中なんだって。覚えたことを僕に教える優しい人なんだ。


 過去や歴史は変えられない。だから未来を大切にするんだよって。僕はアスティが好きだから、一緒に仲良く暮らす未来しか欲しくない。欲張りなのは悪いことだと思ってたけど、アベルは違うと言った。


 アスティが欲張りだから、今のドラゴンは強くて幸せだし、僕も見つけてもらえたの。そう聞いたら、欲張りもいいなと思う。


「ヒスイはどうした」


 ボリス師匠が庭を見回す。緑が多いと、ヒスイって見つけづらいよね。庭で隠れんぼするといつも負けちゃうんだ。


「うんとね、お菓子を取りに行ったよ」


 侍女の人とお菓子をもらって来る。肩を竦めたアベルが立ち上がった。


「では私も手伝ってきましょう」


「お願いね」


 ボリス師匠とアベルが選んだ席を避けて、僕とアスティは並んで座る。横に長い椅子は、長椅子と呼ぶの。僕はこの椅子が大好き。アスティやヒスイと並べるから。一人の椅子より嬉しい。


 ぽんぽんと膝を叩くアスティの上に座った。僕一人より高くていっぱい見える。こうやって座るなら、一人の椅子もいいかな。でも長椅子ならアスティの上に座って、さらにヒスイも隣に座れるね。


 にこにこする僕達の前に用意されたのは冷たいお茶。一口飲んで、すっとする味にびっくりした。


「アスティ、すっとする!」


「……すっと? カイ、すぐに吐いて」


 慌てるアスティが僕の口に指を入れる。おえってなるけど、まだ指は出ていかなくて。苦しくて涙が滲んでようやく吐いた。ボリスが水を飲ませて、また吐く繰り返しだった。疲れてもう何も出なくなる頃、戻ってきたヒスイやアベルが心配そうな顔で覗いてる。


 何があったの? 

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