89.僕達の知らない世界は広かった

 僕も強くなって、ボリスみたいに大きくなる。そう決意を口にした日から、ボリスが僕の師匠になった。ヒスイも同じだよ。


「師匠、走ってきます」


 ヒスイと並んでお庭を走る。外側の部分を走る僕達を、ルビアが追い抜いた。足の長さが違うから? それとも大人は足が速いのかな。全然追いつけなかった。


 僕が周り終わる前に、もう後ろにいるんだよ。サフィーはそんなに速くなくて、僕達とルビアの間くらい。休憩の時にそう話したら、サフィーは飛ぶのが速いと教えてもらった。


「人には得意なことも、苦手なこともあるんです。番様は優しいところが一番の魅力ですよ」


 サフィーはいつも笑ってる。楽しそうだけど、嫌なことがあった時はどうするんだろう。今度尋ねてみようと決めた。


 前に知らない人から「災厄」って呼ばれた。あの時の気分が悪いの、時々思い出す。すると胸がムカムカして、苦しくなっていつもの僕じゃない。アスティに相談したら心配させるから、サフィーにした。ルビアもすごく心配するから。


 それを聞いたヒスイが「僕だって相談に乗れます」と頬を膨らませた。


「ごめんね。ヒスイが嫌なんじゃなくて……大人じゃないと無理かと思ったの」


「胸がムカムカして苦しいのは、怒っているからですよ。カイ様は、あの時の人に傷つけられて、それを許せないんです」


「それは悪いこと?」


「いいえ。普通ですね。同じことされたら、僕だって怒りますから。もちろん、ムカムカします。もしかしたら、その人を殴っちゃうかも知れません」


 しゅっしゅ! 手を振り回して殴る真似をするヒスイはカッコいい。そっか、僕も怒っていいんだ!


「ありがと、ヒスイがいてくれて良かった」


「僕の方こそ、カイ様と知り合えて世界が広がりました」


 世界って狭くなったり、広くなったりする。見た目じゃなくて、僕も分かるよ。アスティに会うまで、僕の世界は小さかったの。怖い人ばかりで、痛い思いしか覚えてない。


 アスティが僕を拾ってから、大事にされることを覚えた。僕は僕自身の物じゃなくて、アスティの物。勝手にケガしたらいけない。アスティが悲しむから。


 お勉強もできたし、お友達のヒスイもいる。師匠のボリスは丁寧に教えてくれるし、お勉強の先生も親切な人ばかり。僕の知ってる世界と違う世界があった。きっと昔もあったんだよね。


 僕の手が届かない場所に、優しくて温かい世界が広がっていた。そこにようやく手が届いたの。


「こら。サボってないで走りなさい」


 師匠の時は少し怖いボリスにお尻を叩かれ、ヒスイと手を繋いで走り出す。あと2周だって。頑張って誉めてもらおう!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る