77.目先の利益に目が眩み滅びを選んだ――SIDE竜女王
屋敷の中は過去に助けた獣人達で溢れている。だから油断した。入り込んだ人族とのハーフである獣人が、カイを罵ったと言う。聞いた瞬間、目の前が真っ赤になるほど怒りが溢れた。人に疎まれて幼少期を過ごしたカイは、他者からの悪意に敏感だ。
駆け込んだ騎士の報告を聞き終わる前に、立ち上がって廊下に出た。ほぼ全力で走った先で、あの子はルビアにベッドへ下ろされている。涙で目は潤み、大きな赤い瞳が零れ落ちそうだった。ふらふらと安定しない様子で、鼻を啜る。心配するヒスイに「へいき」と呟く声も弱かった。
体調が悪いカイを心配するヒスイも一緒に眠るよう頼み、安心した番が目を閉じるのを待つ。高い熱に朦朧としたカイは、すぐに寝息を立て始めた。詰まりかけの鼻が苦しいのか、少し息が乱れている。
「どこから入り込まれた?」
「厨房へ運ばれる食材の運搬係の同行者と思われます」
追いかけたアベルが報告を受けて口にしたのは、思いがけず簡単な方法だった。普段から出入りする業者の同行者、ただそれだけで入れたと? 屋敷の内側まで侵入されたのだから、今後の警備体制を一新する必要がある。今後は許可証に記されていない者は、家族であろうと門前で拒否することが決まった。
もし侵入した男に殺意があれば、カイが傷を負ったかも知れない。護衛のルビアがいても、複数の侵入者があれば対応が遅れる。ヒスイが庇ったとしても、守り切れなかったら? 最愛の番に僅かな傷でもつけられたら、私は狂うだろう。
同族であろうと、他種族であろうと。関係なく目につく存在を殺し尽くす。大切な存在なのだ。この荒れた心を潤し、優しく包むのはカイしかいない。
「女王陛下、人族との決別も視野に入れ戦う準備を行います」
思慮深く慎重と評される従兄弟の提案に、私が反対する理由はなかった。世界を滅ぼす災厄がカイだと言うならば、彼を守る私が世界を滅ぼすだけのこと。カイが手を下す前に……より残酷に、より凄惨な滅びを与えてやろう。
「許可する」
準備を行いましょうと口にするのではなく、行うと宣言したアベルの口元に笑みが浮かぶ。彼だとて強者の一族であるドラゴンだ。番を害される恐れは知っていた。何より、女王に忠誠を誓った宰相として、国のために動くのはアベルの誉れだった。
あの場で投げつけられた暴言に憤るルビアも首を垂れ、改めて参加の意思を示す。カイが災厄なのではない。そう指定したイース神聖国こそが災厄だった。彼らの愚かな宣言ひとつで、いくつの国が亡びるか。すべて神聖国のせいだ。
我らはただ、己を守るだけ。攻撃は最大の防御であり、我らにこの決断を強いたのは神聖国の宣言である。ドラゴニア国から発せられた宣言は人族を怯えさせた。だが同時に、虐げられた獣人に歓喜を齎す。最強の種族が獣人と同じ敵と戦うのだから。勝利が約束された戦への参加表明が相次ぐ。
僅か数日で世界を駆け巡った宣言に、魔族と獣人達が正式に同意を示した。世界を滅ぼす災厄と明言されたカイを守り、己の同族の幼子を攫い奴隷とした人族への復讐を決意する。その裏に、番を持つ彼らの習性が関わっていた。
愛する者を守ると声高らかに拳を突き上げた私への協力要請は引きも切らない。目先の奴隷による利益に目が眩み、人族は自ら滅びを選択した。
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