66.悪い人を懲らしめに行くの――SIDE竜女王

「お天気いいね」


 外出用の靴を履いて、カイはにこにこと笑う。笑顔を振り撒く番の姿に、こちらも気分が浮き立った。先日オーダーメイドで作らせた靴は、柔らかめの革を使用した。今は靴擦れもなく、駆け出しそうなほど元気だ。


「カイ、手を繋いで」


「はーい」


 戻ってきて指を絡めて握り、カイは並んで歩き始めた。ひらりと背でマントが揺れる。略装だが、竜女王の地位を示す服を纏った。見た目は軍服に似ている。竜族は男女問わず戦うため、王の正装は軍の指揮官であることを知らしめる衣装だった。


 カイは愛らしいドレス姿である。ズボンでもいいが、着せてみたら似合うので用意させた。侍女達もはしゃいでいたので、カイは抵抗なく袖を通しスカートを揺らす。ひらひらする布が不思議で楽しそうだった。


「僕、可愛い?」


 侍女に口々に褒められたので、可愛いのはいいことだと認識した幼子は無邪気に尋ねる。肩に付きそうな黒髪も、丁寧に梳いて花のバレッタが飾られた。淡いピンクのドレスはフリルやレースが多く、実用性はなかった。抱き上げて移動することを考えて、裾も長めに作られている。


「すごく可愛いわ」


 黒髪のビスクドールね。裾を踏まないよう、リボンで固定された裾から靴の先が見える。後ろは少し引きずっているけど、後ずさらなければ踏むほどではなかった。中庭まで歩いて、そこで抱き上げる。


「歩けるのに」


「裾が黒くなってしまうわ」


「あっ、本当だ」


 いつものズボン姿とは違うことを思い出し、カイは慌ててしがみ付いた。裾を留めていたリボンを解けば、ひらりと広がる。指揮を執る時はドラゴン化しないため、今日はずっと抱いていられると口元を緩めた。


「ピクニックは海?」


 まだ行先を知らない幼子は無邪気に尋ねる。敬礼する騎士達にも聞こえるよう、やや大きめの声で行先を告げた。


「人族の都ソドムよ」


 きょとんとした顔で首を傾げるカイは、きっと自分が住んでいた街の名前を知らない。人族が故意に行った義務の放棄が、回り回って彼らの首を絞める。カイが「嫌だ」と言わない限り、この粛清は確実に決行されるのだから。


「悪い人を懲らしめに行くの。私はボリスの背に乗るから、一緒に見に行きましょう」


 そこで行われる人々への粛清や惨殺は、この子に関係なく行われる。汚い国や都なら、飲み込んで浄化するべきだわ。少なくとも、それで私の気が済むのだ。苦しむカイを見ぬフリした人族に救いは与えない。都を滅ぼし、カイに危害を加えた当事者をじっくり甚振ってやろう。


 もちろん、カイにバレないようにね。


「痛くない?」


「悪い人は痛いけど、罰だから仕方ないのよ。カイはいい子だから、痛くないわ」


「アスティもボリスも痛くない?」


「ええ。今日はサフィーとルビアも一緒なの。声をかけてあげて頂戴」


「うん!」


 見慣れた護衛騎士二人に「がんばってね、気を付けてね」と声をかける幼子の黒髪にキスを落とす。にやりと笑った私の残虐さを知る二人は、静かに一礼した。


 飛び立ってすぐ、偶然カイの嘆きを拾った日と同じ短い距離で人族の都が見える。散歩程度の距離に、あれほど焦がれた番がいて虐待されていた。見過ごした己の愚かさをどれほど悔やみ嘆いたか。すべて返してあげるわ。


 ドラゴンが飛来した都はきっと大騒ぎね。民を管理できない愚かな王族を脅して、カイが気にいる玩具でも探しましょう。きっと友人になったヒスイへの土産を欲しがるわ。王城の宝物庫なら、それなりに見映える土産があるかしら。

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