65.その罪は万死に値する――SIDE竜女王

 文官見習い、下働きに近い蜥蜴の子と手を繋いで現れたカイは、無邪気に友達になったと笑う。怯えた顔で震えるヒスイにとって、竜族はさぞ恐ろしいだろう。それでも逃げたり、カイの手を振り解かない覚悟があった。折れるのは、いつでもこちらだ。


 可愛いカイが望むなら、全力で叶えてやりたい。それが世界征服であろうと、どれほど愚かな女王として名を残すことになろうと。カイの笑顔には変えられなかった。そもそも名誉に興味などない。誰かに従うのが嫌だから、邪魔者を排除したら頂点に立っていただけの話だ。


「カイ、今日は楽しかった?」


「うん! ヒスイもあまりお勉強したことがなくて、一緒にお勉強したの。タカト先生だったよ」


 タカト? 熊獣人の言語学者だったな。番に教養を求める竜族は少ない。愛らしく微笑んで、自分に甘やかされる生活を楽しんでもらえば、それ以上の望みはなかった。愛されるために、溺愛と呼ぶに相応しい過剰な愛を注ぐ。監禁して外へ出さない竜もいれば、両思いであることを自慢するドラゴンもいた。


 宝物を洞窟に隠すファフニールの伝説は、番を監禁して貢ぎ物をしたあるドラゴンの実話だ。そのくらい重い愛情を注がれる番は、最低限の教養でも構わない。無理に勉強を詰め込み、礼儀作法を叩きこまなくても、苦労なく生きられた。


 カイに教師を付けたのは、それを番が望んだから。人族の社会で爪はじきにされたカイは、同じ年頃の子が両親から与えられる愛情を見ている。知っているから欲しいと手を伸ばし、貪欲に吸収しようとした。そのひとつが、勉強なのだ。


 相性のいい教師から、好きなことだけ学べばいい。足りない部分は、どんなことをしても私が補えば済む。可愛い声で今日の出来事を順番に語るカイは、指を折って話を始めた。すべてを話してくれることが、私への愛情なのだと胸を熱くする。


「そう、ヒスイとは仲良く出来そう?」


「出来るよ。お昼寝とおやつはアスティとするけど、お勉強はヒスイと頑張る。その間、アスティもお仕事頑張ってね」


 にこにこと笑うカイに、仕事の内容を知らせることはない。今準備しているのは、カイを虐げた人族の国を滅ぼす仕掛けだった。魔族と人族の間に生まれたカイを差別し、痛めつけ、美しい心に傷を残した。その罪は万死に値する。


「知らない国の言葉を習ったの。えっと、アスティを大好きと伝えるのが、エ・ル・ライア・ミル・アスティ!」


「すごいわね、古代語かしら」


「うん! 凄く難しい絵みたいな字だった」


 報告するカイが、こんな感じの……と指でシーツの上に字を書く。複雑な形をよく覚えたわねと褒めながら、滅ぼす国の愚か者どもを嘲笑った。彼らは知らない。こんなに純粋で可愛いカイのことを。


 優越感に似た高揚を微笑みに変えて、カイが伝える今日の出来事を最後まで聞いた。明後日の休み、一緒に国取りに行きましょうね。きっと楽しいわ。話し終えて満足そうなカイを抱き締め、その口に甘い飴を与える。頬を両手で包んだカイの手に、唇を押し当てた。

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