48.国を残せると思ったのか――SIDE竜女王

 複数のドラゴンの飛来、それは隣国であっても滅多に経験できない。目を輝かせる民と裏腹に、国王は渋い顔で見上げた。ぐるぐる回るドラゴンは威嚇するように炎を吹き、氷を降らせ、風を乱す。圧倒的な力を持つドラゴンが隣に住まう国は、守られると同時に脅かされてきた。


 ドラゴンの王になった者の意向ひとつで滅ぼされる。その怯えは、弱者でなければ共有できなかった。だから私は理解しない。愚かな王が仕出かした失態の内容も理由も関係なかった。我が番が害された、あるのはこの事実のみだ。


 ひらりと舞い降りたボリスが、王城の屋根をぐしゃりと蹴飛ばす。崩れた瓦礫が尖塔にぶつかり、巻き添えにして城を壊した。悲鳴を上げる人々には悪いが、愚王を支持した報いと諦めてもらうしかない。ちゅっと頬にキスをして気を引き、カイに言い聞かせた。


「カイ、危険だから私から手を離したらダメよ。あとお口は閉じておいて」


 もしカイが同情して許してしまえば、私も許さざるを得ない。だが、それは今後の執政において悪手だった。番を害されても手を引く竜女王、そんな評判が広がればカイも国も揺らいでしまう。危険を呼び寄せる可能性があるなら、事前に封じるのが執政者だった。


「うん」


 頷いたカイは小さな手で口を押さえる。そこまでしなくていいけれど、可愛いからこれはこれで見ていたい。微笑んでキスをもうひとつ。空いた左手を私の首に回した番を腕に抱き、ひらりと飛び降りた。建物で言えば3階分ほどの高さだが、ドラゴンの身体能力なら危険はない。


 カイに振動がいかないよう、途中で羽を広げて衝撃を和らげた。可愛いカイは驚いた顔をしたが、怖がるより楽しそうだ。零れ落ちそうに赤い瞳が見開かれた後、頬がほわりと緩んでいく。


「これは竜女王陛下。本日はいかがなさいましたか。城を壊されるのは困り……」


「困るくらいなら、なぜ手を出した」


 声は自然と低くなり、威嚇の色を帯びる。我が番に危害を加えようとした。それも殺せと命じられた男は、他国の者を使う念の入れようだ。無駄に伸ばした髭の中で、口がもごもごと動いた。言い訳か? 今さら遅い。


「貫け」


 小さな呟きを聞き取った瞬間、目の前に鏃が迫っていた。なるほど、何らかの魔法を使ったらしい。目晦ましか、あるいは加速。どちらにしても話にならなかった。


「これが最後の手段か」


 ぱしっと右手で掴んだ矢を強く握る。止められた矢の中央で折って捨てた。第二射が飛ぶものの、すでに軌道と種がバレた武器で遅れを取る筈もなかった。袖に仕込んだ短剣を取り出し、握ると同時に切って捨てる。第三射を落としたところで、ボリスが斜め前に立った。


「露払いを」


「許す」


 許可を求めたボリスに頷く。彼の筋肉の鎧に鱗が現れた。全身を黒い鎧のように包んだ鱗で、飛んできた矢を弾き、突き立てられる剣や槍を弾き飛ばす。あっという間にこの場の制圧は終わった。上階のテラスに似た場所で繰り広げた戦いを見たドラゴン達が、興奮して城に攻撃を加える。


「や、やめろっ! やめさせてくれ、頼む」


「なぜだ? この国にもう城は不要だ。我らドラゴンに逆らい、国を残せると思ったのか」


 呆れて溜め息交じりに指摘した私の腕で、カイがごそごそ動く。跪いて懇願する男を、困惑した表情で見つめる番を見て、言葉を封じておいて良かったと思う。きっと優しいカイは許してしまうだろうから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る