02.何かが私を呼んでいる――SIDE竜女王

 世界に生まれて数百年、いつしか数えることをやめた。竜族の寿命は長く、王位に就くドラゴンの命はさらに長い。気が遠くなるほどの時間を孤独に過ごしてきた。


 ドラゴンは、己と引き合う魂をひとつ知っている。生まれる前に分かたれた魂の片割れと呼ぶ竜もいた。番と称する半身は、見つけたら性別も種族も関係なく伴侶に迎える。大切に守り、どんなに強い敵が来ても譲らない。それは本能が求める存在だった。誰のものでもない、己のためだけの人だ。


 同じドラゴン同士なら話は早い。問題は、他種族の場合だった。人族は親族がしつこく金銭を要求することが多く、獣人族は仲間意識が強くて番を渡そうとしない。どちらも厄介だが、人族ならば多少の金品を与えれば解決する上、寿命が短いという利点があった。


 番を見つければ、その命も魂も繋いで分け合う。痛みも悲しみも、喜びや幸せもすべて。互いに感じる感情まで支配したがるのが、番を得た竜族の特徴なのだ。


 竜女王として君臨するアストリッド――それが私に与えらえた名前だった。竜族に家名はなく、私が女王になったその日から、アストリッドの名を同族が使えなくなるだけ。


 王位に就いて500年余、まだ私の番は見つかっていない。それが罰のような気がした。先代を倒して手に入れた地位が相応しくないと、私を罰している。そんな気がし始めたある日、世界は色を変えた。


 何かが私を呼んでいる。


 細くか細い声か? 糸のように頼りない響きだが、無視できなかった。誘われるままに近づくと、胸が高鳴り頬が紅潮する。ああ、間違いない。望んだ片割れだ。私の欠けた半分が求める、渇望する番がいる。


 気付いたら伴も付けず、ふらりと単身で舞い降りていた。薄暗い路地、ゴミが積み重なった生臭い場所だ。不思議なほど目を引く袋があった。茶色くシミが大量についた、ゴミを入れるための袋だ。もそもそと動き、中に生き物がいることを知らせていた。


「この中かしら?」


 独り言は震えていた。期待に胸が高鳴る。安心していい。私が守ろう。この両腕で、そなたを傷つけるすべての者を排除する。抱き上げた袋の中で、愛しい者が体を固くした。まだ小さく軽い片割れを早くみたい。


「開けるわよ」


 答えを待たずに袋を開いた。目の前に置いた袋から覗いたのは、可哀想なほどに痩せた幼子だった。私の影で見づらいが、傷だらけの指は変な方へ曲がっている。おそらくケガを治療せず曲がって固定されたのだろう。


 治してやらなければ……きっと痛いだろう。伸ばした手が触れる前に震える。怯えた様子から、日常的に暴力を受けたことが察せられた。怒りで目の前が赤くなるが、堪えて黒髪に手を触れる。


 怯えさせないよう、ゆっくりと。手のひら全体を載せて撫でた。小刻みに震えながら私を窺う番は、美しい赤い瞳で瞬く。それから僅かに顔を綻ばせた。ほんの僅かな動きなのに、脈が早くなる。この子が満面の笑みを見せてくれたら、どんなに幸せか。想像すると笑顔になった。


「おいで」


 触れた手は妙に熱い。抱き締めた小さな体は、発熱しているようだった。慌ててこの子を連れて飛び立つ。ドラゴンの羽はコウモリに似ている。関節部分に立派な爪がある自慢の羽を広げ、竜女王アストリッドは声にならない咆哮を上げた。


 世界に散らばる同族達へ向けて、己の伴侶である番の存在を知らしめ誇るために――。

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