01.どうして僕は死ななかったの?

 蹴られたお腹を抱えて転がる。すごく痛いけど、声を出したらもっと酷くなるから。我慢して体を丸めた。


「お前など生まれなければよかったのに!」


 ずきんと心が痛んだ。体の痛みは数日すると楽になるけど、浴びせられた言葉はもっと長く痛い気がした。僕は賢くも綺麗でもない。小さな手足は役に立たないし、嫌われるのも仕方ないけど。


 殴られるのも蹴られるのも嫌い。痣が出来て汚い僕の体も嫌だった。


 上から投げつけられた硬いものが、ごきっと変な音を立てて背中に当たる。息が止まるほど痛い。じわりと涙が浮かんだ。丸まった状態で息を詰めて、ゆっくり吐き出す。涙なんて流したら、もっと叩かれちゃう。


「どうして生きてるんだ? この化け物め」


「死ね! お前のせいだ」


 なんで僕は嫌われるの? 蹴飛ばされて転がった僕を、大きな袋が包んだ。ああ、また長い痛みがくる。袋に入った僕を蹴飛ばして憂さ晴らしをするんだって。何度も聞いたし、経験した。


「忌々しいガキだ。化け物の父親にそっくりだぜ」


 僕は成長するにつれ、父親に似てきたという。それが皆の怒りを買って、さらに痛みは増えた。


 いつもより丸まって、蹴られる場所を出来るだけ減らす。きゅっと唇を噛んだ。傷だらけで荒れた唇から血が流れる。どかっと蹴られた痛みに、新しい血が滲んだ。二発目は運良く頭に当たって、ふわっと気が遠くなる。


 ああ、もう二度と目が覚めなければいいのに。亡くなったお母さんが迎えに来てくれたら、僕はすぐについていくよ。だから……お願い。僕をお母さんのところへ連れて行って。







 どのくらい経ったんだろう。目が覚めてしまった。全身が全部痛くて、まだ袋の中にいる。動いても誰の声も聞こえない。もう終わったの? 泣きたいけど、外の状況が分からないから我慢。もそもそと身を捩って、その度に痛みで涙が滲んだ。


 どうして僕は生きているの? あの人達が言うように、死んでしまえばよかった。お母さんが死んだ時、どうして一緒にいけなかったのかな。


 悲しい気持ちになった僕は、袋の外で聞こえた音にびくりと身を震わせた。誰かが帰ってきたの? いつもの人達はこの時間、寝てるはずだけど。体を丸めた僕は、袋ごと抱き上げられた。落とされたら痛いと体を固くする。


「この中かしら?」


 女の人だ。柔らかくて綺麗な声にびっくりした。袋の中で目を見開いても、何も見えない。ゆっくり降ろされた。投げ出されなかったことに安心する。体に入っていた力が抜けた。握り締めた手が痛い。


「開けるわよ」


 返事を待たずに袋の口が開く。眩しい光に目を閉じて、頭を抱えた。きっと殴られるから。そう思ったのに、優しい手が僕の汚れた黒髪を撫でた。びくりと震えた僕はゆっくり目を開ける。


 眩しい光を背負って、女神様みたいな美しい人がいた。キラキラ光る髪は水色みたいだけど、銀色かな。綺麗な紫の目が僕を映す。


「間違いないわ、やっと見つけた。私の探し求めた番ね。こんなに可愛いと思わなかったけど……嬉しい誤算だわ」


 柔らかな声が紡ぐ意味は半分も分からない。だって僕は汚くて、穢らわしい存在で、死ねばいいと望まれる子だから。


「おいで」


 両手で僕を持ち上げて、ぎゅっと抱き締めてくれた。その温かさと柔らかさ、いい匂いに涙が溢れる。


 ――お願い、もっと僕に触れて。

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