第2話 かつては子供たちの憧れだった有名冒険者。今では老害と呼ばれて・・(その 2 )

 二体同時に相手をするのはまずい!


 ここはまだまだ序盤の村。出現するモンスターも弱い。

 しかし、二体を同時に相手するとなると、とたんに難易度があがる。


 だから一匹ずつ引き寄せてから戦えと言ったんだ!


 わたしは剣を抜いて前に出た。


 アスレイルは敵二体を相手に素早く立ち回っている。挟み打ちにされたらまずい、ということぐらいは理解しているようだ。


 だが敵は、龍形ゴブリン二体だけではない。小型ゴブリンも攻め寄せてくる。石を投げたり、小さな弓矢を射たり、冒険者に飛びかかったりして、厄介だ。


「リズ、小型ゴブリンから倒すんだ!」


 わたしは叫んだが、リズは龍形ゴブリンに突っかかっていく。

「雑魚は、おっさんに任せるぜ!」


 何を言ってるんだ。小型の敵こそ遠くからの弓矢の連射で倒すべきだ。そもそも弓手は接近戦には向かないだろう。


 リズはナイフを龍形ゴブリンに突き立てた。そんな小刀ではろくなダメージは与えられない。


「無茶をするな! 君の役目は後衛からの援護だろッ?」


 リズは聞こえないふりをする。


 わたしの頭上を目玉コウモリが飛んでいる。大きな目玉は龍形ゴブリンとの戦いに向けられていた。


 そうか、そういうことか。


 アスレイルも、リズも、自分の戦う姿を写してもらうことを優先しているのだ。

 小型ゴブリンの相手をしても英雄にはなれない、と考えている。


 一匹の小型ゴブリンがわたしに飛び掛かってきた。両手の爪が鋭く尖っている。

「キシャアアアアッッ」


 わたしは背負っていた大刀を抜いた。思わず刀身を叩きつけていた。


 ブシャアッ!


 小型ゴブリンが弾ける。一瞬で肉塊と血飛沫になった。さらには灼熱エンチャまで上乗せされている。肉も血も瞬時に沸騰して水蒸気になってしまった。


 それはそうだろう。この大刀は武器Lv.3278。常時灼熱エンチャントの護符つきだ。


 一方、このあたりのフィールドレベルは13だった。出没するモンスターもLv.13前後。わたしの刀が触っただけで蒸発する。


 しまった、やっちまった。


 わたしは後悔した。


 わたしは、アスレイルのパーティに助っ人として雇われている。

 アスレイルたちは若い冒険者だ。わたしが活躍しすぎると「チートに手助けされている」と視聴者たちから批判される。


 今どきの冒険者は、実況で人気を取らないとやっていられない……らしい。冒険実況者アンチの集団は、魔物よりも恐ろしいのだ。


 わたしは上目づかいに目玉コウモリの様子をうかがった。


 よし、アスレイルのほうを向いているな。


 わたしは隙を見て、サッ、サッと刀を振るって小型ゴブリンたちを蒸発させた。


 アスレイルとリズは龍形ゴブリン二体と戦い続けている。


 サルムは弦楽器を掻き鳴らしていた。


 サルムの奏でる音楽には付与魔法の効果があって、今は『敵の防御力を5%減少させる曲』を爪弾いていた。


 当然、わたしが倒した小型ゴブリンたちも防御力5%減のデバフがかかっていたはずなのだが、正直、実感はまったくない。


 仮に、『敵の防御力が500%増』の魔法がかかっていたとしても、わたしにとってはなんの違いも感じられなかっただろう。


 アスレイルがカッコイイ(と本人が思っているであろう)ポーズを取った。


「“海神ポセイドンの大波”をくらえ!」


 大声を放つと予備動作に入った。

 それは大打撃の荒技だが、予備動作が長い。立ち止まったまま、


「うおおおおお〜〜〜〜〜ッ!!」


 気合を両手に籠め続けなければならなかった。


 わたしは叫んだ。

「馬鹿っ、敵の正面に立つなッ。敵の間合いに入っている!」


 龍形ゴブリンが「ゲボーッ」と緑の液体を口から吐いた。アスレイルに浴びせかけたのだ。


 アスレイルの大業はそこでキャンセルされてしまった。逆に大ダメージが入る。


「うわっ、ど、毒った!」


 アスレイルが叫んだ。

 毒は蓄積効果がある。アスレイルの体力が尽きる前に解毒しないといけない。


 サルムもアスレイルのピンチに気づいた。“解毒効果のある曲”を奏で始めた。


 だが、サルムも低レベルの吟遊詩人だ。効き目はほとんどない。


 わたしは急いでアスレイルに駆け寄ると解毒ポーションを注射器でブッ射した。

 その動きはあまりにも素早かったので、アスレイルにも、視聴者にも、わたしが何をしたのか、まったく見えなかったに違いない。


 効き目はすぐに現れた。


「うおおおッ!? なんだか力がみなぎってきたぜぇッ?」


 わたしが所持していたのは地底世界の下層で蠢く妖蛇魔神の猛毒をも無効化させるポーションだ。


 しまった。このあたりの魔物が吐く毒に対しては効き目がありすぎる。


 効き目がありすぎて、アスレイルにガンギマリしてしまった。


「ウッヒョオオオオオ!!」


 アスレイルは目を血走らせ、妙なハイテンションで暴れ始めた。


「くらえ! 妖斬剣ッ、天空十文字斬りッ」

 ムチャクチャな大業も、ポーションがガンギマリした今ならば容易に繰り出せる。

 アスレイルは連続技で龍形ゴブリンを切り倒した。


「決まったぜィ!」

 血を吹いて倒れるゴブリンの前でキメポーズを取った。もちろん目玉コウモリの視線を意識しながらだ。


 リズはもう一頭の龍形ゴブリンと戦っている。近接から矢を放ち、矢は龍形ゴブリンに何本も刺さっていたが、ゴブリンの体力を削りきってはいない。


 龍形ゴブリンが身体を回転させ、太い尻尾をブウンと振った。リズは強打されて吹っ飛ばされた。


 倒れたところに龍形ゴブリンの噛みつき攻撃が迫る。尖った牙でリズを噛み殺そうとした。


「うわあっ、アスレイルッ、助けてくれッ」


「まかせろッ」

 アスレイルが刀を担いで駆けつける。


「今の俺には、龍形ゴブリンなんざ、敵じゃねぇんだぜッ!」


 サルムもここぞとばかりに勇ましい曲を奏でる。アスレイルの攻撃力を増加させる曲だ。


「うおりゃあ!」

 アスレイルは龍形ゴブリンに斬撃を浴びせた。


 龍形ゴブリンの身体が切り裂かれる。血を飛び散らせながら龍形ゴブリンは苦悶した。


「ザマァみやがれッ。これでとどめだ!」


 アスレイルが必殺の一撃を繰り出そうとした時だった。


「……あ、あれっ? 急に力が抜けて……」


 アスレイルはその場にクタクタと膝をついた。


 しまった!


 ポーションの効き目はアスレイルの身体から凄まじいパワーを搾り出した。だがアスレイルは低レベルの冒険者だ。体力はたちまち尽きてしまった。


 立っていられないほどに弱っている。


 異変に気づいたサレムは演奏に力を籠めた。曲の力で元気づけようとしているのだが、それは大きな間違いだ。

 病人に運動を強いるようなものである。


「演奏をやめろっ」


 わたしはサレムに怒鳴りつけるとアスレイルに向かって走った。


 龍形ゴブリンが噛みつこうとしている。

 素早く割って入ると、わたしはゴブリンを掌底で突き飛ばした。


 瞬間、突き飛ばされた胴体の真ん中に大穴が空いた。腹から背中まで肉と内蔵がきれいに吹っ飛んでしまったのだ。


「あ……」


 わたし自身、こうなるとは思っていなかった。


 長い冒険者人生において、高ランクの魔物とばかり戦ってきたので、まさか、Lv.13の相手がこんなにも弱いとは思っていなかったのだ。


 ともあれ、アスレイルは助けなければ。


 わたしは“ポーションの効果を無効化させるポーション”を取り出すと、素早くアスレイルに注射した。


 やはり、こんどもわたしの動きは素早すぎて、低レベル冒険者の目には止まらない。

 アスレイルは自分の身体に何が起こっているのかわからなかったのだろう。唇を尖らせながら立ち上がった。


「なんだよおっさん! キルスティールかよ!?」


 誰かが戦って弱らせた相手に、横からとどめを刺して手柄を奪う行為をキルスティールと呼ぶ。冒険者にとってはもっとも批判される行為だった。


 それがわかっているから、わたしも手のひらで、そっと龍形ゴブリンを押し退けたのだ。

 そのつもりだった。


 レベルに違いがありすぎたせいで、こんなことになってしまった。


 リズも批判の目を向けてくる。サレムなどは軽蔑しきった目をわたしに向けてきた。


 目玉コウモリがわたしたちの姿を写している。わたしの忌むべきキルスティールは、全世界に実況されてしまったようだ。


 ベテラン冒険者が若者たちの手柄を横取りする。老害と呼ばれてもいたしかたのない行動だった。

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