第4話 おじさん冒険者はパーティから追放される(その 2 )

 アスレイルは目を覚ました。泉の水をバシャッと跳ねながら身を起こす。


「……ここはどこだ!?」


 わたしは答えた。

「“冒険者の神殿”だよ」


 静かさに包まれた石造りの神殿。神々しい光が天井から降っている。最深部の泉にアスレイルは身を浸していた。


「今、君が漬かっているのが“再生の泉”だ」


「ってことは……俺は一回死んだのかッ?」


 わたしは彼らに“身代わりの護符”を渡しておいた。

 護符がなかったら本当に死んでいただろう。


 いちいち口答えして反抗してくる彼らだったが、さすがに、自分の死をキャンセル可能な護符だけは、わたしの指示どおりに、身につけていたらしい。


 アスレイルの隣にはリズとサルムが横たわっている。

 アスレイルは二人を起こした。

「おいっ、目を覚ませ! リズ! サレム!」


 続けざまに二人も起き上がった。泉の中からザバッと上半身を起こす。


 わたしは呆れて見守っている。

「自分たちの冒険者レベルより15レベルも上の敵と戦ったら、そりゃあ死ぬに決まってるよ。さぁ、これに懲りたら地道にレベル上げと武器・防具の強化を……」


 アスレイルは水を跳ねながらわたしに掴みかかってきた。

「どうして……見殺しにしたんだッ」



 わたしは冒険者ギルドで、グスタフに愚痴をこぼしている。


「キルスティールをするな、って言われたんだよ? だから戦いに加わらなかったのに……。どうしてそんなことを言われるのか……」


 グスタフは呆れている。

「助けるか助けないかは、その時の状況によるだろう? 手出ししなくても良い時に手出しをするくせに、手助けをしなくちゃいけない時に助けなかったら、そりゃあ、怒るに決まってるよ」


「あいつの言ってることが正論だって言うのか」


「そうだよ。お前が悪い」


 グスタフは哀れむような目でわたしを見た。


 わたしだってもう四十二歳だ。わたしには社会性がない……のではないか、と、うすうすと察している。


 グスタフは酒の入ったグラスをクイッとあおった。目だけはわたしに向けている。


「どうして助けてやらなかったんだ。本当のことを言えよ」


「冒険者は、何度も死にながら攻略法をみつけるもんだろ?」


「そりゃあ昔の話だ。今はヌルいクエストをスイスイ進めて、視聴者がそれを見て楽しむ時代さ。死に戻りの繰り返しを強要できる時代じゃない」


 グスタフは聖板を取り出した。いつの間にか、夕方になっている。

「あいつらの冒険実況が始まったぞ」


 わたしは驚いた。

「……よ、呼ばれてない……」


 グスタフが聖板をわたしに向けてくる。アスレイルの声が聞こえてきた。

「新しい冒険メンバーを紹介しまーす!」


 二十歳ぐらいの若い男が横からニュウッと画面に入ってきた。

「ジパングから来ました。ヤシチでーす! 職種はニンジャでーす!」

「おいおい、ニンジャって身分は秘密にしておくもんだろ? 自分から明かしてどうすんだよ?」

「こんなうっかりニンジャですが頑張りますッ。よろしくお願いしまーす!」


 視聴者のコメントが一斉に書き込まれる。カワイイだのワロタだのと好反応だ。あまりにたくさん書き込まれるので目で追えないぐらいだった。


 わたしは動揺している。年甲斐もなく身が震えた。


 わたしはパーティから追放されたのだ。屈辱と悲しみで頭が真っ白になる。


 アスレイルたちは和気藹々と冒険を進めていく。リズとニンジャの息はぴったりだ。長年の友達みたいに打ち解けていた。


 わたしがパーティにいた時は無愛想だったサルムまで微笑を浮かべているほどなのだ。


 もちろん、本当に仲が良いわけではない。仲が良い演技をするのが上手いのだ。誰かがボケたらすかさずツッコミを入れるし、失敗はみんなでカバーする。


 グスタフがわたしに向かって言う。


「お前は若者たちの失敗を、ただの失敗だとしか思っていなかったんだろ? 違うんだよ」

「どう違うんだ」


「冒険実況者にとっての失敗ってのは、視聴者をハラハラさせるための演出なんだよ。仲間の失敗を、みんなで力を合わせてリカバーすることで視聴者の感情を揺さぶるんだ。見ている視聴者を、一緒に冒険しているような気持ちにさせるんだ」


 グスタフはわたしの顔をじっと見ている。


「お前には無理だ。歳をとりすぎてる」


「どうしてだよ」


「おっさんが同じ事をしたら、若者に余計なおせっかいを焼いているように見える。あるいは説教をしているようにも見える。そんなの、視聴者は喜ばないよ」


 アスレイルたちは地下道の奥へと踏み込んだ。わたしは焦った。


「……そこにはレベル23の魔物がいる! あいつらの実力では無理だ!」


「そうかな? まぁ見てろ」


 見るからに怪しげなフィールドに出た。多くの白骨死体が転がっている。

 案の定だ。アスレイルたちの目の前にオオスナヘビが現れた。


 アスレイルたちは果敢に挑む。力を合わせてかばい会いながらの奮闘だ。


「アスレイルっ、俺がタゲを取る! 今のうちに大業を出せッ」

 リズがオオスナヘビに矢を放ちながら逃げ回る。


「任せろッ! ゆくぜッ、火炎弾!」


 アスレイルは仲間たちの援護を受けながら大業を繰り出した!

 わたしは仰天した。


「あれはレベル55の廃墟神殿でしか入手できないアイテムじゃないか!」


 高レベルの消費アイテムを食らったオオスナヘビは炎に包まれてのたうち回る。一声鳴いて絶命した。


 コメント欄には大量の書き込みがされた。


やったー!

ふつくしい!

感動してウ●コ洩らした

やるじゃない


 わたしは目を泳がせる。

「……どうしてアスレイルがあんな高レベルのアイテムを……」


 グスタフは皮肉な笑みを浮かべた。

「買ったんだよ」


「買った?」

「高ランクの冒険者が高レベルのクエストをこなしてアイテムを入手する。そのアイテムが売り買いされているのさ」


「なんだって!」

「おいおい、お前はまさか『報償アイテムは苦労して入手することに価値がある。売り買いで手に入れるなんて許せない』なんて言い出すんじゃないだろうな」


「そのとおりだよ!」

 グスタフは「フン」と鼻先で笑った。


「老害だねぇ。今の時代、冒険は冒険者が人生の時間を費やしてやるものじゃないよ。実況者が実況をして金を稼ぐためにあるんだ」


 グスタフはギルドで酔い潰れている中年冒険者たちに目を向けた。

「こいつらはな、獲得アイテムの転売で小遣い稼ぎをしてるんだぜ」


 グスタフはわたしの目をじっと見つめた。

「時代は変わったんだ。冒険はいつだって若者たちの文化なんだよ。おっさんは黙って受け入れろ。お前や俺が、自分たちの流儀で冒険を楽しむ時代は終わったんだ」


 わたしは何も言い返せなかった。

 いや、言い返すつもりもなかった。


 それなら、わたしが人気実況者になってやる!

 わたしが冒険の本当の面白さを視聴者たちに教えてやるのだ。


 そう決意した。……いいや、決意してしまった。


 それが間違いだったのかもしれない。

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