異世界バ美肉冒険実況者おじさん
呉衛(くれ まもる)
第1話 かつては子供たちの憧れだった有名冒険者。今では老害と呼ばれて・・
その日、私と若い仲間たちは、四人で冒険者パーティを組んでいた。暗い森の中の小道を進んでいく。
先頭を行くのはリズ。赤毛を短髪にした小柄な少年だ。『妖精のブーツ』をはているので足が速い。足音も立てていない。
職種は弓手(アーチャー)。弓を手に持ち、矢の束を背負っている。
私は内心で舌打ちした。
この少年は、一瞬たりともじっとしていられない。
弓に矢をつがえて構えたかと思えば、弓を背中に背負い、腰のナイフを引き抜く。
すぐさまナイフを鞘に戻して火打ち石や干し肉など、所持しているアイテムを腰袋から取り出してはすぐに引っ込め、また弓を掴んで矢を構えるなどの動作を延々と繰り返した。
見かねて注意したことがあったが、本人は、自分が変なことをしているという自覚がないらしい。
なにを注意されたのか理解できない、という顔をした。
くわしく注意すると、ようやく理解したらしい。ふてくされた顔つきになって「オレのクセなんだよ」と口答えをされた。
次に進むのはサルム。職種は吟遊詩人。ほっそりとスリムな長身の若者で水色の髪を長く伸ばしている。
武器は何も手にしていない。持っているのは弦楽器だけだ。
さらにこの若者は鎧などの防具をいっさい着けていなかった。シャツの衿をおおきく開いて胸の肌を見せつけている。首から下げた『泉神のペンダント』だけが唯一の防具だ。
私は心の中で舌打ちする。
神の力の宿った装身具は、確かに、魔物の攻撃を軽減する効力がある。
だが、敵は魔物だけとは限らない。盗賊などの人間に攻撃された時に、泉神のペンダントは防御力を発揮しない。
安物でいいから鎧を着けようよ、と注意したことがあったが、煩わしげな顔で黙殺された。
どうあっても自分のスタイルを変えるつもりはないようだ。
三番目を進むのは、このパーティのリーダーのアスレイルだ。黒髪の勇者である。二十歳を過ぎたばかりの若者だった。
赤い色の鎧を着けている。そんな色ではよく目立つ。注意したことがあったが、
「真紅はオレのシンボルカラーだ。“真紅の炎アスレイル”ってのがオレのギルド登録名だぜ」
と口答えされた。
やれやれ、と私は首を横に振る。
まったくみんな、口答えだけは一人前だな。
しかし、私ももう四十過ぎの大人である。口うるさく叱って、パーティの雰囲気を壊すのは良くない。それぐらいの常識はある。
今は、この若者たち三人と組んで冒険をしているのだ。冒険が終わるまでは仲良くしないといけない。
みんなでいっぺん痛い目にあえば、私の助言を素直に聞き入れるようになるだろう。
道を進んでいくと、急に視界が開けた。
野原が広がっている。太陽が眩しい。
先頭のリズが足を止めた。弓矢やナイフや火打ち石や干物をチャカチャカいわせながら振り返った。
「ここが依頼にあった村らしいよ」
チャカチャカチャカチャカ・・・。
正確には“廃村”だ。野原に見えるのは、元は畑である。今は雑草が生えている。村人はみんな殺された。農地は半年以上も放置されている。
廃村のあちこちに朽ちた家があった。
わたしは素早く見渡して廃屋の位置を確認した。敵との戦いになった時には防御陣地となる。
敵の攻撃を効率よく避けるためには、障害物を有効に使わなければならない。
「おいみんな、龍型ゴブリン兵がいるぜ」
リーダーのアスレイルが注意を促す。
身長が3メートル近い巨体が、村の中をノッシノッシと歩いていた。
龍形ゴブリンは、ゴブリンの奇形種だ。
顔はドラゴンのよう。太い尻尾が生えている。黒い革の鎧を着けて、手には戦斧(バトルアックス)を握っていた。
アスレイルは「よぅし」と言った。ニヤリと笑った。
それからサルムに聞いた。
「目玉コウモリは、ついてきてるよな?」
サルムは無言で頭上を指差した。
大きな目玉にコウモリの羽根の生えた生き物が、わたしたちの頭上を飛んでいる。
わたしたちにじっと目を向けていた。
赤毛のリズがマジックアイテムを取り出した。“スティーブン・ジョーンズの聖板”だ。四角い小さな板の表面に、様々な情報が投影される。
異世界から転移してきた賢者が広めたアイテムである。
若者たちにとっては、物心ついた時から存在している。いちばん身近なアイテムだろう。
だけどわたしにとっては、いつまでたっても馴染めないアイテムだ。
なんでもかんでもコレで調べがついてしまう。便利すぎてなんだか疑わしい。
リズが聖板の画面をこちらに向けた。わたしたちの姿が映っている。
目玉コウモリが見ている景色が、不思議な力で世界中に伝わって、聖板で見ることができる。
「同接1500人を越えてるぜ!」
リズが興奮して言うと、アスレイルが引きつった笑みを浮かべた。
「よぅし、撮れ高を稼ぐぜ!」
アスレイルは刀を抜いた。リズとサルムもポーズを決める。目玉コウモリに見られていることを十分に意識した動きであった。
今にもダッシュで飛びだそうとする。
わたしは慌てた。
「ま、待て! もっとよく調べよう」
魔物はこれだけの村を荒廃させたのだ。龍形ゴブリンが一匹だけとは考えられない。
「雑草に隠れながら村の外周を回り込んで、村の様子を見定めるのが先だ」
アスレイルは醜く顔を歪めてわたしを睨んだ。
「1500人が視聴してるんだぜ! チンタラやってられっかよ!」
サルムもキザったらしい顔つきで頷く。リズもナイフと弓矢をチャカチャカ握り返しながら頷いた。
……みんな、アスレイルに同意か。
クエスト実況を視聴している人たちは、みんな、冒険者の戦闘シーンを求めている。じっくり探索なんかをして視聴者を退屈にさせたら、同接の数が減る。
若者たちは、探索はしないで冒険を先に進めることが大切だ、と思い込んでいるらしかった。
実況者世代の冒険者たちは、みんな、そんな思いでクエストをこなしている。おっさんのわたしが世代間のギャップを感じるのは、こういうところだ。
「……それじゃあ、あの龍形ゴブリンをこちらに引き寄せよう」
私は提案した。
「村の中に潜んでいるはずの魔物たちに気づかれない内に倒すんだ」
わたしは足元の石を拾った。石をぶつけておびき寄せる。我々の世代の冒険者にとっては常識だ。
わたしは石を投げた。私も冒険者を二十五年もやっている。外れるはずがない。
石が当たった龍形ゴブリンが顔を上げてこちらを見た。アスレイルの真紅の甲冑に気づく。
「ウオーッ」と唸って、こちらにズシズシと歩いてきた。
よし、誘き出し成功だ。
あとは、十分に引きつけて、四人で取り囲み、秒で倒せば良いだけだ。
ところが、
「真紅のアスレイル、見参! うおおおおお〜〜〜〜〜ッ!!」
アスレイルが剣を構えて突進していく。
「あっ、待てッ」
わたしが叫んだ時には遅かった。アスレイルは無防備に村に飛び込んで、雄叫びとともに斬りつけたのだ。
アスレイルが剣が龍形ゴブリンを襲う。革鎧の上から斬りつけた。ダメージが入る。龍形ゴブリンが苦痛に吠えた。
視聴者が見ているジョーンズの聖板には、ダメージ量が数値で投影されているはずだ。
アスレイルは続けざまに斬りつける。龍形ゴブリンの悲鳴が響きわたった。
途端に、近くの草むらがガサガサッと揺れた。小型ゴブリンが五、六匹、飛びだしてきて「キェァーッ」と叫び声を上げたのだ。
「やはり隠れていたか!」
こんなことは、冒険者であれば常識なのだが。
ゴブリンの中の一匹が角笛を握っていた。仲間に警報を伝えるための笛だ。わたしはそれを見逃さない。
「リズ! 角笛のゴブリンを射殺せッ」
だが、傍らにいるはずのリズの姿がない。
リズはアスレイルと一緒に走っていた。この少年の目には龍形ゴブリンしか映っていないのだ。
遠距離から角笛のゴブリンを倒せるはずの弓手なのに、角笛のゴブリンにはまったく気づいていない。
ゴブリンが角笛を吹き鳴らした。
プオプォ〜〜〜〜〜ッ
角笛に応えて轟音が響きわたった。
村の廃屋の一つが吹っ飛んだのだ。屋根や柱が土煙とともに飛散する。
廃屋の中にいた龍形ゴブリンがもう一匹、目覚めてこちらに向かってきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます