第2話 時空移転は儲かるのか? その2

 史実ではこの誤発注の際、コンピューターの画面に、注文内容が異常であるとする警告が表示されたが、みずほの担当者はこれを無視して注文を執行した。「警告はたまに表示されるため、つい無視してしまった」という。 よくある話だな。

 注文が出る直前までは、90万円前後に寄り付く気配の特買いで推移していたが、大量の売り注文を受けて初値67.2万円がついた。

 事件はその後、通常ではありえない大量の売り注文により株価は急落し、発注から2分4秒後の9時30分にはストップ安の57.2万円に張りついた。

 この大量の売り注文が出た瞬間からネットで話題騒然となり、様々な憶測が飛びかった。「誤発注である」と見て大量の買い注文を入れた投資家がいた一方で、価格の急落に狼狽した個人投資家が非常な安値で保有株を売りに出すなど、さまざまな混乱が生じた。




「トキ、頼む」

「分かったわ」


 事件はもう20年近く過去の事で、誤発注が起きる前までに証券会社の取引口座を開いておく必要がある。おれは時空移転をすると、まず適当な場所でアパートを契約して住所を確保し、パソコンを購入、ネット環境を整える。銀行に行くと口座を開き現金を入れた。




 その事件を起こしたみずほの担当者だが、売り注文を出してから誤りに気付き、1分25秒後の9時29分21秒に取消し注文を送ったが、東京証券取引所のコンピュータプログラムに潜んでいたバグのため、この取り消し注文を受け付けなかった。合計3回にわたって売り注文の取消し作業を行ったが、東京証券取引所のホストコンピューターは認識しなかったのだ。




 ネット証券でおれの口座開設はスムーズにいったが、やはり信用取引は取引の実績が無い為出来ない。信用取引ができれば手持ち現金の約3倍までの注文が可能なのだがな。まあ仕方がないだろう。

 一方結菜さんはショッピングに出かけたようだが、その装いは周囲の注目を集めたらしい。なにしろ20年近く未来のファッションだから、それはそうだよな。




 そして焦点となっているみずほ証券は、必死になって東証に連絡をし、誤発注を取り消そうとするも全て失敗する。

 その間にも買い注文は集中しはじめ、全て約定されてしまう危険性があったことから、ついに反対売買を決定する。その執行によって買い戻し注文が約定し始めると、株価は一気に上昇、9時43分には一時ストップ高77.2万円にまで高騰する。15分間でストップ安からストップ高まで、株価は20万も動いた事になる。




 当日おれはパソコンの前に座り、9時の相場開始を待った。二台のパソコンに、ジェイコムと口座の発注画面が出ている。前日までにテスト取引はしてあるし、準備は万端だ。

 注文はジェイコム買い、70株。ストップ安は57.2万だから、57.5万なら必ず約定するはず。4025万以上の資金が有ればいい。もちろん口座には充分入れてある。

 クリック一つで注文は実行されるだろう。



 そして、午前9時27分56秒、来た!


「1円で61万株売り」


 間違いない、ジェイコムの誤発注だ。

 株価はジリジリと下がって行く。


「いけ!」


 2分ほどして、おれがマウスをクリックすると、57.5万円で70株の買い注文が全て約定した。


 その後、終日他の証券会社や個人トレーダーの利益確定売りや押し目買いなどにより、株価は乱高下をともない高騰し、結果として10時20分以降はストップ高である77.2万円に張り付く。

 そしてみずほの反対売買にもかかわらず、すでに注文を出されていた9万6236株の買い注文については相殺しきれず、そのまま市場での売買が成立した。

 おれは買ったジェイコム株はそのまま持ち越す。


 翌9日ジェイコム株の取引は一時停止された。発行済み株式総数の42倍にのぼる売り注文に対して、実際に約定された枚数は9万6236株であった。

 売り方であるみずほ証券は、存在する総株式数の6.6倍もの引渡しを求められる格好となり、通常での取引決済が不可能となっていることから、日本証券クリアリング機構は現金による解け合い処理(強制決済)と裁定し、すでに買われた株は、事件発生の直前に寄りつきつつあった価格を参考に一株91.2万円での買戻しとした。


 この後取引が再開されると、ジェイコム株は連日ストップ高で、一時220万円超の高値をつけるはず。もちろんおれは220万での売り注文を出しておく。




 みずほ証券は、システムの欠陥を理由に膨らんだ損失404億円を損害賠償をするよう東証側に求めていたが、東京証券取引所は賠償に応じる義務はないとして拒否した。この後は長く法廷闘争が続く事になる。




 1人の有名な個人投資家は、この誤発注事件で、7,100株を取得、同日中に市場で1,100株を売却、残る6,000株(発行済み株式の41.38%)を現金決済(20億3500万円)していた。当人は「いつもと変わらず冷静だった」と語った。

 大量保有報告書に職業を「無職」と記載したため、大富豪の無職男としてインターネット上で話題となった。この事件の不労所得でジェイコム男という異名をマスコミから得た。


 おれの資金は4000万強だった為、70株しか買えなかった。それでも220万で売ったから、ほんの数週間で4000万は1億5400万となった。

 やっぱり時空移転は金になる。

 だけど、以前のおれが自由に動かせる金が40万だったとする。次に大阪城から失敬してきたインゴットを売って4000万の金が手に入った。じゃあ幸せ度は100倍になったかというと、そんな感じはしなかった。

 確かに4000万の金を手にした瞬間は、両手を上げて「やったー!」と叫んだ。

 だがこの先さらに40万の1000倍、4億になったらどうだろうか。1000倍の喜びなんて想像が付かないな。金持ちのコストパフォーマンスは、上に行く程落ちて来るんじゃないか。後は年齢だな。

「複利は人類による最大の発明だ」とアインんシュタインが言ったとか。預金を複利で預け続けると、数十年後にはとんでもない金額になると言う話だ。だけどヨボヨボの年寄りになってから、こんなに預金が増えましたなんて言われてもなあ。

 例えばグーグルの株価は10年前からは10倍になっている。じゃあ時空移転が出来るのだから、買ってから即10年後に移転して売ればいいではないかと言うと、そうはいかない。残念ながら10年後にその口座がそのまま残っている保証は無いのだ。パラレルワールドかもしれないからな。

 やっぱり一回の時空移転をしたら、俊速で財を成す。それしきゃないだろう。


「ねえ結翔」

「ん?」


 おれの耳元でトキの声がした。


「お金が沢山手に入ったんでしょ」

「うん、まあ」

「じゃあいつ南の島に寝に行くの?」

「あの……」

「南の島はーー」

「だからあ、それは、ちょっと意味が違うんだってば」

「…………」


 トキは元人工頭脳だからな、南の島で寝て暮らせるなんて言うんじゃなかった。



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時空移転は儲かるのか @erawan

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