時空移転は儲かるのか
@erawan
第1話 時空移転は儲かるのか? その1
これまで時空の旅人トキの手を借りて、鶴松、秀頼、秀吉と転生をしてきたが、ここで再び時空移転をする。但し今回は戦国時代ではない。トキを説得して一儲けしたいのだ。
ただそんな金儲けの話に、トキがどう反応するのかが分からない……。
「トキ」
「なあに」
「また頼みたいんだけど」
「いいわよ」
ここはおれの部屋で、ソファーに座ってアイフォン13を操作している。これまで使っていた携帯が限度を超えたらしく、使用制限がかかった。バッテリーも古くなっているみたいだったから機種変更をしたところだ。
「また戦国時代に行きたいの?」
「うん、ただ今度は転生する相手を決めないでみようかと。だけど手ぶらでもなんだから、何か道具を持って行こうと思う」
「…………」
おれは耳元にトキの気配を感じている。この感覚にも大分慣れてきた。もう声は出しても出さなくても意志は通じるから、便利な事この上ない。
「刀は使い切れないからスタンガンだな。あとはサバイバルナイフにライターと、携帯食料も必要だし、それから野宿に備えてテントもいるな」
「……あのねえ、戦国時代にキャンプをしに行くつもりなの?」
もちろんそんなつもりはない。意を決して、おれはトキに本当の事を話し始める。
いまここで話をしている相手、トキとは宇宙の時限を超える存在で、おれを何度も戦国時代に時空移転、転生をさせてくれた方である。元々は人工頭脳であったらしいが、今では無限の進化により、神秘的なまでの力を持っている。時空をも自由に越える宇宙の旅人となっているのだ。
そのトキが何故か突然おれの前に現れて、戦国時代の鶴松に転生させてくれたのが全ての始まりだった。おれがパソコンで盛んに秀吉とか鶴松とか打ち込んでいたのを見て、興味を覚えたらしい。たった今も、おれは秀吉への転生から戻って来たばかりだ。
「それで、あの……、トキ」
「なあに」
「実は、おれが行きたい時代は、まだ他にも有るんだ」
「…………」
おれはまた今も、耳元にその存在を感じるトキに向かって話し掛けた。
「2005年の11月28日に行って欲しいんだけど」
「それは、また随分と……」
トキは明らかに戸惑った様子の声を出す。これまでの転生は、全て400年ほど過去の戦国時代だったからな。
「20年くらい過去に戻って欲しいんだ」
「…………」
そう、おれが希望するその日から10日ほど後に、日本の証券業界を揺るがす大事件が起きる。だからその少し前に行きたいのだ。
2005年12月8日、正にこの日、ジェイコム株大量誤発注事件が発生する。新規上場したジェイコム株式の取引をめぐり、みずほ証券が誤発注した事件だ。俗にジェイコムショックとも呼ぶ。
2005年(平成17年)12月8日午前9時27分56秒、この日東証マザーズ市場に新規上場されたジェイコムの株式(発行済み株式数14,500株)において、みずほ証券の男性担当者が「61万円で1株売り」とすべき注文を「1円で61万株売り」と誤ってコンピュータに入力したのが全ての始まりだった。
2万株にも届かない発行株式の会社の株を、なんと61万株も売ると注文を出してしまったのだ。
「トキ、行ってくれるか?」
「……もしかして、それは、お金儲けを狙っているの?」
トキからズバリ言われてしまった。これが断られたらお仕舞いだ。
「金持ちが偉いのでは無い。金を儲ける能力を持っている奴が偉いのだ」という話がある。世の中お金が全てでは無いが、やはり人は金の力に支配されている。殆どの人は、その現実に背を向けて過ごしているだけなのではないか。ここは素直に金儲けと向き合うべきだ。
おれはトキの問いかけに、
「うん、まあ、早い話が……」
「お金を儲けて何がしたいの?」
「え、あの、何をって、その……」
トキの口から出た更に核心を突く質問に、おれは返事に困ってしまった。
「その、例えばさ、大金持ちになったら、南の島で寝て暮らせるとか言うだろう」
「結翔(ゆいと)は南の島で寝たいの?」
「あ、いや、そう言う意味じゃなくって」
「…………」
おれの名前は結翔、フリーターだ。秀頼に転生して現代に帰る時に、インゴットを少しばかり失敬してきてから金儲けに目覚めてしまった。
だが、急に金儲けの理由を聞かれても困る。はっきり言ってただの欲でしか無いからな。
「あの、まあ、いろいろ買いたい物も有るんだけど、その……」
「……いいわよ、付き合ってあげる」
「やった!」
あっけないトキの反応に、おれはすっかり拍子抜けしてしまう。秀頼の時も大阪城の地下から金塊を持ち出そうとして、トキのあっけらかんとした反応に戸惑ってしまった経験がある。
今回はどうか。断られたらもちろん諦めるつもりだったけど、なによりもそのせいでトキがおれの前から去ってしまうのではないかと、それが一番心配だったのだ。
「トキ、じゃあ用意をするからちょっと待っていてくれ」
トキの気が変わらない内にと、先を急ぐ。
出掛ける前に、まず現金を出金して用意する。先に話した秀頼に転生した際に持って帰った金塊は、売って現金化した。その後の税金などを差し引くと4000万以上残っている。
銀行の窓口で出金の手続きをすると、奥から年配の行員が出て来ると聞いて来た。銀行側にしてみれば、話の内容次第では新しい取引も考えられる。
「お客さま、このお金は何にご利用なさるのでしょうか?」
「あ、えっと、ちょっと、その、土地を買おうと思って……」
「…………」
「という事で、結菜さん、また旅行に行こう」
「え、旅行って、戦国時代じゃないの?」
「うん、20年くらい過去に戻るんだ」
「…………」
同居中の結菜さんは、おれと何度も時空移転の冒険をしている。大変なお城オタクの彼女は、しきりに何か考え始めた。
「どうしたの?」
「着て行く服が問題なのよ」
「…………」
お城以上にオシャレにも情熱を注ぐ彼女は、
「20年近くも前では、スパッツなんてちょっと刺激的すぎるでしょ」
「うん、まあ……」
その後、数時間を旅行に持って行く服選びに付き合わされる事になった。
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