平凡な日々(みらい)の為の積み重ね

ヘイ

第1話 積重

 ずっと昔の話だ。

 8年くらい前の話。

 鼓楼ころう町という小さな町で事件があった。暴力団員8名が殺害されたと言う事件だ。凶器は刃物、鈍器、縄。

 あらゆる手段を用いて惨殺した。

 

「変わってねえな……ここは」

 

 犯人は見つからなかった。

 警察の捜査も暴力団の抗争によるものとされ打ち切りに。

 犯人は現場に戻ってこなかった。

 それはこの殺人に討ち損じがないと確信があったからか。事後の騒動に興味がなかったからか。

 或いは、単純に何かがあってもよかったと破滅的な考えをしていただけ……だとか。

 そんな可能性の話。

 

「相変わらず……そう言う輩も目につくし」

 

 結果的にその暴力団組織は解けていく様に。権利欲しさにヤクのしのぎを構わずに行い尻尾を掴まれ警察に検挙されただとか、一般人に手を挙げただとか。末路はそんなものだった。

 だからと言って犯罪集団が完全になくなったのかと言われれば違う。

 

「……気ままに生きてくか」

 

 鼓楼町。

 古き良き木造建築と現代の建造が共存する時代の狭間にあるかの様な町。

 

「この町で」

 

 俺は6年ぶりに帰ってきた町をふらりと歩き始めた。

 

 

 

 

 鼓楼町の中で俺の記憶に強く残っている建物は4つ。

 神社と城と俺が昔住んでいた家……そして後は本田ほんだと表札が付けられていた大きな家。鼓楼町の中でも大きな屋敷の和風建築だった。

 

「そりゃ……そうか」

 

 表札自体は外れていた。

 本田何某達の家ではなくなっている。ただ、売れてはいない。ここは誰の家でもないのか。土地の権利を持っているのは誰だったのか。相続した誰かしらがこの屋敷を売り払ったが事故物件扱いで売れなかったか。

 

「売れる訳ねぇよな」

 

 ここは8年前、暴力団の屋敷だった。

 そんな屋敷を買い取るほどの酔狂な人間はこの辺りにはいなかった。何よりこれが事故物件であったとしても決して安くはない家だったと言うのもあるんだろう。

 

「そういや家もこん近くだったな……」

 

 振り返って町並みを眺める。

 住宅やら老舗和菓子屋やら、銭湯やら。懐かしい思い出も蘇る。

 俺は目線を一瞬だけ下に向けて短く息を吐く。

 

「……そろそろアパート行かないと」

 

 昔を懐かしめば昔に囚われる。

 だからと言ってだ。過去が優れているだとかと言うわけでもないという事を俺はわかっている。

 過去は原因だ。

 原因は現在を構築する。

 俺の今があるのは過去のせいだ。

 

「ここでの生活に慣れなきゃな」

 

 だから俺はここからまた過去にするために平凡な日々を積み重ねていきたいと、そう願っている。

 

「明日から高校だ」

 

 よし、気合い入れて行こう。

 俺の人生をここからまた始めるために。

 

 

 

 

 

「転校生のさかい涼介りょうすけです。色々と教えてくれると幸いです。これからよろしくお願いします」

 

 俺は教壇の上でそう言った。

 視線は転校生の俺に集まるのは当然。

 この学校に転校してきたのは家庭の事情で。家庭の事情と言うが実際は俺の事情だ。

 大したことでもない。

 ただ、鼓楼町に戻りたかった。学校に通いたかったと、そんなもの。

 高校での転校は珍しい。

 見覚えのある顔はないかと視線を彷徨わせるが、幼い頃にあった者の顔も面影など覚えていない。

 

「堺に聞きたいことがあったら各々で。これでホームルームを終了する」

 

 何だ、質問タイムは無しか。

 まあ高校生ならそれが一般的か。質問タイムがあるのは大体小学生あたり。

 先生が教室から出て行った瞬間にガヤガヤと教室は騒がしくなり、物珍しい動物を見るように俺を中心にクラスメイトが囲った。

 

「堺……くんだっけ?」

「自己紹介したろ? 堺涼介。気軽に涼くんって呼んでくれよ」

 

 俺は目の前の声をかけてきた茶髪、高身長の男子に右手を差し出す。

 

「りょ、涼くんね。いや、フツーに涼介って呼ばせてもらうわ。俺は鋼太郎こうたろうやなぎ鋼太郎な?」

「ならコウくんか」

「……まあ、お前がそれで良いなら」

 

 反応としては鈍いか。

 フレンドリーに行きすぎたな。

 

「で、質問タイムってやつ?」

 

 俺は先日買ったばかりの黒縁メガネを右手の指でくいと持ち上げて確認する。

 

「いいよ。順番な」

 

 コウくんだけじゃなくて他にも質問したい人もいるようだし、失敗はできない。失敗を明確には定義できないけど。

 

「じゃあ、俺から」

 

 一番手はコウくんね。

 そりゃあそうだな。最初に声かけてきたんだし妥当か。

 

「ん?」

「どこから鼓楼町に?」

「東京」

 

 前に住んでた場所は東京だった。

 

「あ、じゃあさ! 何でここにきたの!?」

 

 名前がわからないが元気そうな女子が質問してくる。

 

「順番……は、まあいいか。質問はそれでいいの?」

「あ、ごめんねー!」

「いや、大丈夫。ま……昔ね、ここに住んでたのよ。それで戻ってきたってワケさ」

 

 誰かの身の上が気になるのは誰だって一緒だ。多分刑務所の中でも。詳細には知らないけど、どう言った経緯いきさつでここまで来たのかは誰にとっても好奇の的になるんだろう。

 

「へー。じゃあ知り合いは?」

「この町にいたの8年も前だからなぁ。全然顔覚えてないや」

 

 悪いね。

 適当に謝罪をして全員の顔をもう一度確認するがやはり見覚えがない。

 

「8年前ってことは8歳?」

「そ」

「えー、保育園どこ!?」

「順番……」

 

 に、と言おうと思ったが。

 

「みんな気になる感じ?」

 

 俺が周囲に確認すれば全員が黙り込む。気になるといえば気になるのか。或いは質問をしようにもこの場で聞くと言うほどの空気感でもないからか。

 さっきと同じ女子からの質問に答えるのが無難だ。

 

「かさぎ保育園」

 

 俺が答えても反応は特にない。

 

「かさぎって誰いる?」

 

 彼女の確認にも誰も答えない。

 

「あー、流石に一緒でも俺が覚えてないしな。そもそも、かさぎ保育園人数少なかったし」

 

 このクラスにいるかどうかはわからない。

 

「で、他に質問は?」

 

 何だって答える、答えられないこと以外は。

 好きな女性のタイプだとか、食べ物だとか、誕生日だとか。適当に答えれば満足したかはわからないが授業開始のチャイムがなり人集りは疎になる。

 感触としては悪くないんじゃなかろうか。

 俺の積み重ねの第1歩だ。

 

 

 

 

「あ、先輩!」

 

 手を振りながら小さな女の子がこちらに向かって走ってくる。先輩、と呼ばれたのは俺ではない。隣にいるコウくんの事だ。

 

「コウくん、知り合い?」

 

 小豆色の髪は短く切られている。

 少年と見紛うような女性らしい特徴がかなり薄い体……というのは失礼な言い方か。客観的な捉え方と言い訳させてくれ。

 全部、心の中だけど。

 

「こ、コウくん?」

「鋼太郎でしょ? だからコウくん。あ、俺は堺涼介。よろしく」

 

 握手は、やめとくか。

 セクハラとか言われたらなんか嫌だし。

 

「あ、ども。花守はなもり純恋すみれです、堺さん」

 

 堺さんか。

 

「コウくん。このスミちゃんってさ」

「スミちゃん!?」

「……何でコウくんのこと先輩って呼ぶん?」

 

 俺が尋ねるといきなりスミちゃんに腕を引っ張って連れていかれる。

 

「あ〜れ〜」

 

 抵抗する必要はないだろう。

 別に危険性を感じない。

 

「どどど、どぉいうつもりですか!?」

「これが……初体験だな」

 

 壁ドンって。

 されるのは。

 まあ、した事あるけどこんな……こんなだったか?

 なんか似てるような状況だったか。

 

「女子に壁ドンされるって結構レアか?」

「そ・の・ま・え・にっ!」

 

 睨むなって。

 

「すませーん。先輩って特別なのね? スミちゃんにとっては」

「そのスミちゃんってのやめてください!」

「おいおい。俺なりに仲良くしようとしてんだぞ」

「距離が急接近なんですよ!」

 

 あ、壁ドンが外れた。

 両腕を下に勢いよく下ろしながら言うと必死さがよく伝わってくるな。

 

「チャーミングな名前だろ、スミちゃんって」

 

 フレンドリーすぎるかもしれないけど、正直コウくんにやってしまった手前、今更取り繕う方が残念だ。もうこう言う設定で行くしかないだろ。

 

「と・に・か・くっ!」

 

 どうもスミちゃんには強調したいことがあると人差し指を立てる癖と、1文字ずつはっきり口にする癖があるようだ。

 結構普通か。

 

「先輩の前で変なことしないでください!」

「先輩ってのはコウくんの事だよな?」

「そうです!」

「あれだな。好きな人への特別を本人に悟られたくないと」

 

 ふむ、分かりやすいくらいに顔を真っ赤にして。面白いな、スミちゃんは。

 

「安心しろよ、スミちゃん。俺はコウくんとスミちゃんの幸せを応援するから」

 

 ……俺の当たり前の日常のなかの要素の1つとして。

 

 

 

 

「あの、何で堺さんがいるんですか……?」

「逆に聞くけどね、スミちゃん。どうして俺がいたらアレなんだね?」

 

 恨みがましそうに俺を見るんじゃない。恨めしいかもしれないけど。

 

「純恋、落ち着けって。涼介はこっちに引っ越して来たばっかりで色々変わってる鼓楼町に不案内なんだよ」

 

 そんなわけでどこに何があるかやらを知らないから長年住んでる鼓楼町民の先輩たるコウくんに頼っていると言うわけなんだが、スミちゃんも着いて来てしまったと言うわけだ。

 

「う〜っ!」

「はは、スミちゃん。猫みたいだね。俺には絶対懐かないけど」

 

 コウくんまっしぐらって奴か。

 まあ、俺に懐くような動物いたら色々イカれてると思う。人間ほど鈍いわけではないみたいだが。

 

「…………」

 

 流石に一般人と言い切れないような輩もチラホラと目に入ってくる。だからと言って今回も関係ない、と思う。

 まあ、関わろうとしなければいい話だ。

 

「先輩〜、私別のところ見てきます……」

 

 2人きりになれないことを悟ったのかスミちゃんはテクテクと別の場所へと歩いて行ってしまった。

 

「おーぅ。それで、そっちの道を行けばスーパーに出る……で、あっちがカフェ。ホームセンターは……ちょっと遠いんだけど、ここをそのまま道なりに行けば左手側」

「ホームセンター……ああ、あれか」

 

 8年前もあったな。

 というかずっとあるような気がする。

 

「ん、わかった。ありがとな。まあ、都度スマホで検索かけるかもだけど」

「まあ、それが良いかもな」

「じゃ、コウくん。お礼ついでにスーパーで飲み物を買ってあげよう」

 

 財布の資金はそこそこ。

 誰かに1本ジュースを奢るくらいの余裕はある。

 

「ついて来い!」

 

 

 

「ありがとうございましたー」

 

 スーパーから出て早速、俺とコウくんは同時にコーラの入ったペットボトルの蓋を開けてゴクゴクと流し込んでいき、同時に口を離して「く〜っ!」と唸るような声を上げた。

 

「や〜、美味い!」

 

 コーラは良い。

 というか炭酸がいい。俺は炭酸を愛してる。日本スバラシイ!

 

「案内とか諸々終わったしスミちゃん呼びに行くか」

「あ、それなら……ってさっきからメッセージ送ってんのに返信こないんだよ」

 

 迷子か。

 高校生にもなって。仕方のない子だな、スミちゃんは。

 

「別の場所行くって言ってたけど……アイツ、どこに行ったんだ?」

「スミちゃん捜索隊か、2人しかいねえけど」

 

 どうせ直ぐに見つかるな。

 

「俺、アッチ探してくるからコウくんはここら辺頼む」

 

 あっちとかそっちとか。

 悪いけどコウくんこの辺りは任せた。俺はカフェテリアの方を探してくる。

 

 ……どうせ直ぐに見つかるんだけど。

 

 時間稼ぎって奴だ。

 俺がこれからやる事を見られない為の。

 

「スミちゃん。大丈夫?」

 

 衣服ははだけ、下着がのぞいている。顔を真っ赤にしているのは恥じらいと……怒りからか。目尻には涙が。唇はキッと結び抵抗している。

 カフェテリアから少し離れた裏路地は狭く人通りが少ない。犯罪にはうってつけとでもいうのか。

 まあ、それは俺にも丁度いい。

 

「誰だァ、手前ェ」

 

 人数は3人。

 

「……その子の、先輩? ってやつだよ」

 

 助けなければならないという義務はない。誰だってそうだ。例え今ここにいるのが鋼太郎だとしても純恋を助ける義務は生じ得ない。

 なら単純に感情論でしか話せない。

 

「ささ、その子はこっちにね」

 

 俺としては鋼太郎に対する感謝もあるし、ただ目の前の犯罪者に対する俺の苦手意識もあるにはある。

 回収した純恋の首裏を叩いて気絶させる。

 

「よっと……ちょっと寝ててくれよ。刺激的なことになっちゃうから」

 

 8年前、この町で暴力団組織『本田組』の主要メンバー8人が惨殺される事件があった。凶器は刃物、鈍器、縄。

 俺はこの事件のことを誰よりも知っている。

 

 事件の犯人は俺だから。

 

「今日は何にも持ってないから……仕方ないよな」

 

 だが、俺は捕まらなかった。

 警察は暴力団内部でのしがらみにより発生した事件だとして捜査は終了。捕まって終わりでも構わなかったのに。

 これで良かったのか悪かったのか。

 

「拳が大事だな」

 

 右の拳で男の顔面を真っ直ぐに打ち抜く。

 

「ああ……時間かけらんないんだ」

 

 俺はこう言った輩が嫌いどこまでも痛ぶってやりたいが時間制限があるのだから手短に済ませるべきだ。

 さっさと終わらせてしまおう。

 

「おいしょっと」

 

 流れるように顔面を鷲掴みにして硬い地面に後頭部から叩きつける。これで大概意識は奪える。

 

「あと、お前か。地面にキスさせてあげようか」

 

 固く構える男の股間を蹴り上げて踞らせたところで脳天に踵を振り下ろす。

 

「こひゅっ……ぱぁ……!」

 

 とてつもなく痛そうに顔面がコンクリートにぶつかった。やっておいてアレだが、本当に痛そうだ。鼻っ柱折れたのではないだろうか。

 

「……はあ、スミちゃん。起きてー……起きてくれ〜」

 

 全て片付き、いやアレは片付いてないか。ひとまず裏路地から離れてスミちゃんを起こす所から。

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