◇相談箱◆ 「は」は、なぜ「わ」と発音するのに「は」と書くのでしょうか。

 今回は近況ノートに設置しました1月の相談箱に、天くじらさんより次のような質問をいただきましたので回答したいと思います。


Q、質問です。

「こんにちは」や、「私は」の「は」は、なぜ「わ」と発音するのに「は」と書くのでしょうか。

(あるいは、なぜ「わ」と発音するのでしょうか。)



A、それは、戦後「仮名の表記を現代の発音に近づけて使うべき」という主張があったものの、助詞である「は」に関しては「わ」と書くことに強い抵抗があったため、表記が残されたからです。「へ」「を」も同様の原理で残されたので、ついでに一緒に見ていきましょう。


 遡ること平安時代。このときの「は・ひ・ふ・へ・ほ」は「ファ・フィ・フ・フェ・フォ」と発音する仮名でした。つまり「母」ならば「ファファ」、「頬」なら「フォフォ」と言っていたのです。


 それが西暦1000年を過ぎたあたりから、「ファ・フィ・フ・フェ・フォ」の発音が、言葉の中で使われるときは「・ウィ・ウ・ウェ・ウォ」に変化していったのです。ここで、「は」が「wa」と読む所以が分かったと思います。

 それはいいのですが、同時に「ウィ・ウェ・ウォ」は「イ・エ・オ」と混同するようになっていきます。

 市井の人々は大してそのことを気にしていませんでしたが、藤原定家はそれではいけないと、仮名の使い分けをルール化します。当時区別が不明になっていた「を」と「お」に関しては、アクセントによって書き分けるようにしたようで、以来500年間このルールが使われ続けました。


 江戸時代になると、契沖けいちゅうという国語学者が古代の歴史仮名遣いを明らかにしたことも影響してか、万葉時代の仮名に従ってそれらを使うという考えが広まります。その後、明治時代では学校教育にも取り入れられたのだそうです。


「お願」とか「おもで」とかは、契沖の方式に乗っ取ったもので、戦前は当たり前の書き方でした。


 しかし、戦後になると「仮名を現代の発音に近づけて使うべきだ(『大野晋の日本語相談』より)」という主張が採用され、今に至ります。「言ふ」と書いても発音は「iu」ですからね。それだったら「言う」と発音通りにした方が良いということだったのかもしれません。

 そのため、発音に従うならば助詞「は」も「わ」となるべきだったのですが、助動詞の「は」を含め「へ」「を」は使用頻度が高く、「わ」「え」「お」に変えるのは抵抗がありすぎるということで表記がそのままになったのです。


 ちなみに、この話は『NIHONGO』の2022年2月に掲載した『★NIHONGO小話☆ 「を」の発音』が関連の話になっているので、もしよければ合わせてご覧ください。


『★NIHONGO小話☆ 「を」の発音』URL

 ↓

https://kakuyomu.jp/works/16816452220696164341/episodes/16816927859640328417



 それから、この話は戦後の学校教育でされていたそうなので、誰でも知っていることだったのですが、時が経つにつれて学校で教えることもなくなり(あまり疑問に思う方もいないということもあるのだと思いますが)、知る人も減っていっているそうです。


 以上、回答は終わりです。いかがだったでしょうか。「は」が何故「わ」と書かれないのか、ご納得いただける内容だったなら幸いです。

 ご質問、ありがとうございました。



<補足>

『NIHONGO』の2022年2月に掲載した『★NIHONGO小話☆ 「を」の発音』では、助詞「を」について下記のように記載しています。


***


そのとき「お」と「を」は残ったのですが、昭和初期に「を」は廃止しようとなりました。


***


 これは『日本人の知らない日本語』という資料を参照した際に、「に廃止しようとなった」という旨が書いてあったので、Columnの本文にそのように掲載したのですが、今回の◇相談箱◆に回答するために使用した資料『大野晋の日本語相談』では、「に表記を統一させた」ということが書いてありました。


 つまり助詞の「は」「へ」「を」の議論の時期については、「昭和のはじめ」と「戦後」の両方が存在していることになります。この点については、また別の資料を探して参照しないと分からないことなので、ここではどちらが正しいかの言及はさけますが、『★NIHONGO小話☆ 「を」の発音』と今回のColumnではその点が違うことに気を付けて読んでいただければ幸いです。

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