第42話 運命の花

「この花は――……」


 海の手の甲に咲いていたのは清らかな純白の美しい花だった。


「椿?」



「そんなまさか!白椿の“先祖返り”だと……?」


 海がついに夢を叶えることができたと感動しながら自分の手の甲をじっと見つめているとセイが信じられないといった様子で呟いた。


「え?“先祖返り”?」


 海は聞きなれない言葉に目をぱちくりさせながらセイへと視線を向けた。


「“先祖返り”とは過去誰かの花紋として咲いた花が他の誰かの花紋として現れることで、元の花紋の主よりも強い力を持つと言われている」


 へぇえとセイは目をぱちぱちと瞬かせた。


「じゃあ白椿はもともと誰かの花紋だったんだね。


 僕も元の白椿の主より強くなれるのかな!


 白椿は誰の花紋だったの?」


 海がうきうきと聞くとセイは頭が痛いというように蟀谷こめかみを押さえた。


「……白椿は今もこの世で最も力が強かったと言われている初代帝の花紋だ」


「え?」


 海はぽかんとしてしまった。


「え、ええええええ?!」


 暫く固まったのちようやく自我を取り戻して驚く海と未だ事態を呑み込めないでいるセイに対し、涼親は納得がいったという顔で頷いた。


「なるほど。これが天龍がどうしても彼らを言祝師と守刃にしたかった理由ということか」


 涼親が龍の鈴を見ると紫の首に付けられていた最後の鈴は役目を終えたとばかりに亀裂が入っていて振ってもカラカラという音しか出なくなっていた。



「だとすれば天龍は一体何を考えているのか。理解に苦しむな」


 ここまで見ていた瀧正は腹ただしいと言わんばかりに吐き捨ててからきびすを返した。


「あ、あの、東宮!」


 誰もが怒気どきあらわに通り過ぎる瀧正に思わず道を譲る中、海は慌てて呼び止めた。


「開花の儀を受けさせてくれてありがとうございました!」


 そう勢い良く言うとガバッと頭を下げた。



 しかし瀧正は振り返りもせずにそのまま無言で立ち去った。



「行っちゃった……」


 瀧正の背中を見送りながら少ししょげていた海に涼親は声をかけた。


「東宮のことはあまり気にしなくて良い。それよりもおめでとう」


「あの、筆頭大師も、僕たちが開花の儀を受けられるように東宮にお願いしてくれてありがとうございました」


 海が気を取り直して涼親にお礼を言うと涼親は柔らかく微笑んだ。



「こちらこそ素晴らしい奇跡の瞬間に立ち会うことが出来てとても光栄だ。


 君にはその白椿に恥じない言祝師となれるようこれからも努力を忘れず前進を続けてほしい。


 期待しているよ」


「!はい!」


 海は決意を込めて大きく返事をした。






 ◇。..◇。..◇。..◇。..◇。..◇。..


「グッ!!」


 とある館――。


 鈍い音が響き顔面を殴られた氷牙は床に倒れ込んだ。


 氷牙はすぐに立ち上がろうとしたが頭がくらくらして力が入らず仕方なくそのままの姿勢で殴った男を見上げた。


「何故あの場で正体を明かした」


「ハッ。何度も何度も人の名前呼びやがって鬱陶しかったからだ」


 動けないにもかかわらず氷牙は強気に言い返した。


「余計なことをしてお館様の行く手を邪魔することは許さない」


「ぐああああ!」


 男は淡々と、しかしやはり手加減はせず氷牙の脇腹を蹴りつけた。


おのれの“望み”を叶えたいのなら二度とするな」


 そういうと男は部屋を出て行った。




「馬鹿なだな」


 そこへ一人の青年と少女が入ってきた。


「……奴ら?


 誰のことを言っている」


 この場には氷牙一人しかいないというのにまるでもう一人いるような口ぶりで話しかけられ氷牙は訝し気に聞き返した。


「お前と血黒丸のことさ。


 お前は死偽之丞しぎのじょうの逆鱗に触れ、血黒丸は勝手に出て行って勝手に自分のを壊して死んだのさ。


 残念だったな、お前、アイツの子分だったのにな」


 嘲笑うように言った青年の言葉に氷牙は息を呑んだ。


 しかし次の瞬間には平静を装って会話を続けた。


「子分じゃない。血黒丸が勝手に言ってただけだ。


 それで、喰餓くが由楽ゆうらは何をしに来た。


 冷やかしならさっさと出てってくれ」


「ハッ、冷やかしねぇ。


 ならお望み通り冷やかしてやろう。お前は弱いなぁ!あのおっさんに一発殴られたくらいで倒れるなんてよ」


五月蠅うるさい!」


 氷牙はギリギリと歯ぎしりした。


喰餓くがだって内裏に“暗黒結界あんこくけっかい”を張る由楽ゆうらを守るのが今回の任務だったろ。


 せっかく絢早あやさがあらかじめ都中に邪蛇をあんだけ大量に撒いて陽動してその上目くらましの傘も差してたのにあんなに簡単に突破されてんじゃねーよ」


 そう言って由楽ゆうらの左手に巻かれた包帯を見た。


「あぁ?」


喰餓くが


 途端不穏な空気ですごむ喰餓くが由楽ゆうらは呼び止めた。


「お館様からのご命令を忘れてはいけない」


 その言葉に喰餓くがはチッと舌打ちすると氷牙を威圧するのを止めた。


「“お館様からのご命令”?」


死偽之丞しぎのじょうが貴方を必要以上に罰しないように様子を見に行き、今回の作戦で負った傷も含めて手当をしてあげなさい、と」


「おっさんはお館様至上主義だからな。お館様のことになるともともとおっかないのに更におっかなくなるからお前がうっかり殺されないように気遣ってくださったのさ。


 ま、流石におっさんも殺しまではしなかったようだが」


 そこまで言うと喰餓くがは深いため息をついた。


「しかし何で俺がやらねぇといけねーんだよな。また腹が減るじゃねーか」


由楽ゆうらは強力な龍力の攻撃を受けて暫く術が使えない。そうなると適任者は喰餓くがしかいない」


 淡々と言う由楽ゆうら喰餓くがはきまり悪げにした。


「だからさ、さっきお館様も言ってたがお館様なら術が使える様に治せるんだから素直に治してもらえばよかっただろ。


 そもそも守り切れなかった俺のせいでもあるし」


由楽ゆうらが弱かったのが悪い。これは弱い自分へのいましめとして自然に回復するのを待つ」


 静かに答える由楽ゆうら喰餓くがはやれやれと首を振ると氷牙の怪我をした個所に手を翳した。すると黒い水が発生し怪我を覆うとみるみるうちに治していった。


「……お館様は他に何か言っていたか」


「ああ?いんや。お館様はお優しいからな。でもあんまり我儘なことばっかしてると……。さっきもおっさんに言われてたし、分かるよな」


「……」


 氷牙は喰餓くがに反論こそしなかったが不服そうな顔を隠そうとはしなかった。


「ま、次の指令はお前はお呼びでないようだからな。大人しくここで反省してろ」


「!もう次の計画の話があったのか?!」


「おうよ。でももう一度言うがお前の出番はねぇ」


「お館様に俺も計画に入れてもらえるように言いに行く!」


 急いで立ち上がろうとする氷牙を喰餓くがは片手で軽々と抑えつけた。


「おいおい、またそんな勝手なことしておっさんにぶん殴られたいのかよ」


「だけど!」


「まぁ安心して見てろ。俺がお前の分までブチかまして来てやっからよ」



 そう言うと喰餓くがはニヤリと嗤った。





 ===================


 ここまでお読みくださりありがとうございます。


 これにて第二章完となります。


 毎日の更新もここで一旦お休みとさせていただきます。


 また連載再開できるようになりましたらご連絡しますのでよろしくお願いします。


 皆さま良いお年をお迎えください。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

龍の言祝師(りゅうのことほぎし) 動明 志寿貴(どうみょう しずき) @shizuki58

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ