第41話 天龍のお導き

「え……」


 海はまるで頭を大きな金槌で殴られたような衝撃を感じてしまった。


「残念だったな。分かったらさっさと連花を解消して田舎に帰れ」


「!解消はしません!」


「もう言祝師にはなれないのにか?


 言祝師以外の言祝術の実戦使用は厳罰対象だ。先ほどお前が術を使ったことは見逃してやっても良いが今後は許しはしない。


 このまま連花でいても何の意味もないぞ」


「そんな……」



「にゃーん」


 海が言葉を失って立ち竦んでいると、懐からもぞもぞと白猫が顔を出した。


「紫?!」


 それまで海と東宮のやり取りを他人事と思って黙って見ていた虎舞はまさか自分の飼い猫がこんなところで出てくるとは思わず驚き慌てて海の元へと走ってきた。


「なんでお前がここにいるんだ!私の荷物に紛れ込んできたのか?!帰るぞ!」


 しかし紫は虎舞が伸ばした手をするりと躱すと迷うことなく涼親の元へと駆け寄った。


「おや、虎舞の飼っている猫かい。久しぶりだね」


「にゃん」


 紫が挨拶をするように首を振るとその途端リーンと澄んだ音が響き渡り微かに輝く一陣の風が吹いた。


「この鈴はもしや――……」


「紫!」


 虎舞が悲鳴のような声を上げて今度は涼親の元へと走ったが何かを察知した涼親は虎舞がやってくる前にさっと紫を抱き上げてしまった。


「やはり間違いない」


 鈴を触り何事かを確信すると涼親は虎舞に向き合った。


「虎舞」


 涼親はいつもの微笑みをたたえていたが目は笑っていなかった。


 その様子を見た虎舞は諦めた様にため息をついた。


「何だよ。猫と言えば鈴の首輪だろ?


 ちょうど良い物が近くにあったから少し拝借はいしゃくしてただけだ」


「『少し拝借』?


 お前はがどれだけ貴重な物で安易に持ち出してはいけないものか分かっているだろう?」


「別にいいじゃねーか。沢山付いてるんだから一つくらい無くてもさ。


 その証拠に今まで誰一人として気が付かなかっただろ?


 アタシがをすり替えたのはもう何年も前なのにな」


 開き直ったようにフンと鼻を鳴らす虎舞に今度は涼親が深いため息をついた。


「おい、どういうことだ。まさか――……」


 瀧正は俄かには信じ難いといった表情で紫の鈴を凝視した。



「東宮、まずは私の愚かな弟子、虎舞について謝罪いたします。


 しかしお喜びください」


 涼親は一旦言葉を切るとまっすぐに瀧正を見た。



「この猫の首の鈴、これは龍の鈴です」




 涼親の言葉に瀧正は絶句していたがやがて怒りを押し殺した声で涼親を詰った。


「……本当にお前の弟子たちは揃いも揃ってふざけた奴らだな」


「誠に申し訳ございません。虎舞には後ほどそれ相応の罰を与えます」


 深々と頭を下げた涼親に虎舞はぐえ、と顔を青ざめさせた。



「ですが、どうでしょうか。この二人に開花の儀を受けさせてあげるのは」


 涼親は顔を上げ海とセイを見ると東宮へ向かってにっこりと笑って提案した。


「東宮も本当は分かっておいででしょう。清正親王が帝を襲うはずがないと。先程の少年も自分が犯人だと言っていたではないですか。


 それにそこの彼、海君の実力に関しても自分だけの力で登龍の瀧を登ってきたようですし先ほどの術を見れば言祝師たるに十分であることは誰もが納得するところかと存じます。


 きっとこれが、天龍のおみちびきなのではないでしょうか」



「天龍のみちびき……」


 瀧正は突然笑い出した。



「馬鹿馬鹿しい。だが良いだろう。筆頭大師であるお前がそこまで言うのなら儀式を行うのを許可してやろう」


 瀧正が了承すると涼親は一礼してから貴瑶を呼び紫の首の鈴を龍の鈴に付け替えた。


「海君、清正親王、こちらへ」


「は、はい!」


 海はぽかんとしながら一連の流れを見ていたが涼親に声を掛けられ慌てて涼親のもとへ駆け寄った。


「いいかい、龍の鈴は失われずにすんだがたったの一つしかない。きっと龍の鈴の呼ぶ“風”も微かなものになるだろう。


 しっかりと感じるんだよ」


「はい」


「祈詞は分かるかい?」


「分かります」


 海はしっかりと頷いた。


 ずっと夢に描いていた言祝師となるための言葉。


 今まで何度も何度もそらんじてきた。



 海がセイを見るとセイは無言で頷いて右手を海へと伸ばした。


 その手のひらに海が手のひらを合わせると涼親は龍の鈴を恭しく振った。


 リーンという澄んだ音が辺りに響くのを聞きながら海は一語一語心を込めてゆっくりと呪文を唱え始めた。


けまくもかしこき天龍に海がかしこかしこもうす。われ志同こころざしおなじくすセイと共に、この世の邪を祓い続けんことを誓う。われらの連花れんかを目覚めさせたまえ」



 海は目を閉じて涼親の言う微かな“風”を感じようと辺りの気配を探った。すると確かに一筋のそよ風のような龍力の流れを見つけた。


 海がその“風”に集中しているとやがて“風”が美しい水の流れになり海とセイ二人の右手の甲へと流れ込んだ。


(すごい、力が湧いてくる――)


 それだけではなく身体に力が満ちるにつれて右手の甲に刻まれた蕾も少しずつほころびはじめるのを感じ海は胸が高鳴った。


(この蕾が開いたら、一体何の花になるんだろう)



 そうしてすべての水が右手の甲に注がれたのを感じてから目を開くと海は真っ先に花の姿を確かめた。







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