第40話 絶たれた希望

「すごく嫌な感じがするね……」


 二人で天跳びをして近づいた黒い半円球の結界は見下ろしているだけで並々ならぬ邪力を感じ海は背筋がぞわりとするのを止められずにいた。


「ああ、だが嫌がってばかりもいられない。どうやら中では予想通り激しい戦いになっているようだ」


 よくよく目を凝らすと微かに中の様子が見えた。


「あれは、邪蛇?なんて大きいんだ!」


 海が驚きの声を上げた時であった。一匹の邪蛇が戦っていた少女を一瞬で呑み込んでしまった。


「!大変だ!どうしよう!」


「早く助け出さないとまずいことになるがどうやら中の言祝師たちは既に敵と戦っていて手を離せないようだ。


 お前があの邪蛇を倒すんだ。ここから術を全力で放て。私が補助をする」


「分かった!」


 セイの手のひらが背中にグッと押し当てられ体内の龍力が一気に手元へ集まってくるのを感じながら海は腹の底に力を入れると口を開いた。



けまくもかしこき天龍に海がかしこかしこもうす。の者を砲撃したまえ。“豪流水砲ごうりゅうすいほう”!」



 海が詠唱すると龍心環からこれまで以上に巨大な水砲ができあがりバチバチバチバチッと凄まじい音をさせて結界を貫通、邪蛇を打ち砕いた。


「よし!」


 海は術が上手くいったことを確認するとそのまま結界の中へと跳び込み邪蛇の腹の中から投げ出された火緒里を受け止めた。


「大丈夫?!」


「ぅ……」


「じゃなさそうだね。邪瘴に憑りつかれた痣が出てる。もう少しだけ頑張って」


 海は火緒里を抱きかかえたまま紫宸殿に降り立つと急ぎ“清浄祓”を行った。


「これで大丈夫」



「よくもアタシの蛇を!一万倍にしてやり返してやる!」


 海がほっとしたのもつかの間九頭龍の少女ははらわたが煮えくり返るといった様子で怒鳴った。


 海は咄嗟に身構えたがそこへそれまで黙って術に集中していた涼親が口を開いた。


「そこまでだ。結界の術者を見つけた。


 千本刀水“《せんぼんとうすい》”」


 その瞬間一気に辺りを覆っていた結界がまるで潮が引くように消え去った。


「あと少しで都の結界の再構築も終わる。


 そうなれば君たちはもう先ほどまでのように好きに邪力を使えなくなるわけだが、どうする?今のうちに降参しておくかい?」


「はぁ?!ふざけんな!誰が降参なんてするか」


 少女はむきになって再び巨大な邪蛇を創り出そうとしたが九頭龍の男に後ろ手に取り押さえられてしまった。


絢早あやさ、止めろ。


 他の者も此度の我々の目的は達成した。引くぞ」


「待て!」


 男が九頭龍たちに指示を出すのをセイが大声で遮った。


「氷牙はどこだ!」


「これはこれは第二皇子。帝殺しの罪で幽閉されているのでは無かったのですか」


「私は帝を襲ってなどいない!襲ったのはお前たちの仲間の氷牙だ!


 氷牙はどこにいるんだ!」


「はて、そのような者は我々の仲間には――」


「相変わらずキャンキャンキャンキャンうるせーな」


 セイはハッとして後ろを振り返った。


 すると少し離れた距離で虎舞と対峙していた少年が自ら面を外した。


「氷牙……」


「っかしーな、あの時帝もお前も死んだと思ったのになぁ。悪運の強い奴らだ」


「氷牙ぁああ!!」


「セイ!」


 海は咄嗟に呼び止めたがセイは聞く耳を持たず飛翔清龍を握り締め氷牙へと切りかかった。


「おっと」


 しかし氷牙は軽く避けると頭に血が上ったセイをせせら笑った。


「そんなんじゃ俺を殺せねぇぜ?ま、これからせいぜい頑張って鍛錬するんだな」


 そう言うと氷牙は空間の狭間に溶け始めた。


「待て!!」


「じゃあな」



 そうして九頭龍たちは完全に消え去った。





「清正」


 九頭龍たちが去ってもなお重苦しい空気が消えずに静まり返る中、氷牙が消えた場所を悔しそうに凝視していたセイは瀧正に呼びかけられビクリと肩を揺らした。


「何故お前がここにいる」


 セイは振り返り口を開こうとしたが瀧正の強い怒りの眼差しに怯んでしまい一言も発することができなかった。



「セイは帝を襲っていません!」


 思わず半歩後ずさったセイを海は後ろから援護するように大声で言い切った。


「帝を襲ったのはさっきの氷牙です。セイではありません!だからセイを閉じ込めるのは止めてください!それを言いに来ました!」


 セイに代わり一歩も引くものかという気迫の表情で対峙する海に瀧正はハッと嗤った。


「また連花になったのか。罪人と連花になるとは物好きだな」


「だからセイは罪人じゃないって言ってるじゃないですか!」


 海は怒りを込めて叫んだ。


「……何故そこまでソイツに拘る」


「何故?


 そんなのセイが僕の大切な人で、大切な守刃だからに決まってる!」


「なんだそれは。もう一端いっぱしの言祝師気取りか」


 瀧正は片口の端を歪めた。


「確かにお前たちがその手の花を咲かせることができたのなら私もお前たちを認め今一度清正を信じてやっても良かっただろう。


 しかし既に先ほどの奴らの襲撃で龍の鈴は壊された。今後はもう開花の儀を執り行うことはできない。


 つまりお前たちは永遠に言祝師と守刃にはなれないのだ」




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