第39話 飛翔清龍(ひしょうせいりゅう)
海が詠唱を終えると龍心環から一振りの刀が現れた。
刀はまるで自らの意思があるかのようにセイの目の前へと飛んでゆくと手に取られるのを待つようにその場で静止した。
「セイ、受け取って!」
その刀はすらりとして弓なりの曲線が美しくまるで空を飛ぶ龍のようで、研ぎ澄まされた刃先は聖麗泉の湖面にも
「このガキ!!」
突如目の前に現れた刀に魅入っていたセイはハッとすると柄を掴み大鉈を受け止めそのまま一気に薙ぎ払った。
「おわあぁ!」
「海、今だ!」
「
「グアアア!」
海が放った渾身の一撃は見事血黒丸を吹き飛ばし木の幹にぶつかった後は気を失ったようだった。
「よかったぁ……」
はぁ~、と海は知らず詰めていた息を吐きだした。
一方のセイはまじまじと手の中にある刀を見つめていた。
「
「できた、というか、今考えたんだ。
僕が
海は照れたように笑ったがセイは渋い顔をした。
「そんな短時間で考えたのか」
「そ、そうだけどちゃんと考えたよ」
仕切り直すように海は咳払いをした。
「その刀の名前は“
セイっぽい刀になるように想像しながら創ってみたんだけど、どうかな」
「“私っぽい”?それが“龍”だと?」
海の説明とも言えない説明を聞いてセイは呆れ顔となった。
「え、ダメだった?」
「……この国において龍とは天龍のことを指す。普通は恐れ多くて人や物の名前に付けることはおろか、人を例えたりはしない」
しかしそう言った途端目に見えてしょんぼりする海に珍しくセイは慌てた。
「普通はあまりしないだけで法で決まっているわけではない。だから、……その、美しい良い刀だと思う。
ありがとう」
それを聞いて先ほどとは一転海はぱああああと表情を明るくしてセイに飛びついた。
「セイに気に入ってもらえて嬉しいよ!こちらこそありがとう!」
「危ないだろう!分かったから離せ!」
セイは遠慮ない力でグイと海の顔を掴んで無理やり押し離した。
「それよりも、だ!
――兄の
真剣な顔をして問いかけるセイに海は苦しそうに顔を歪めた。
「……しないよ」
「何故だ?コイツのことが憎くないのか?」
「憎いに決まってるよ!」
そう言うと海はギリリと奥歯を噛みしめた。
「憎くて憎くて、今までだって敵討ちを考えなかったことはない。
でも気が付いたんだ。憎しみに駆られて感情のままにコイツを殺してしまったら僕もコイツと同じってことになるって。
兄ちゃんは僕にこれから言祝師になってたくさんの人を守ってほしいって言ったんだ。
だったら僕の手は人を殺すためにあるんじゃなくて、人を助けるためにあるんだ。
ここで敵討ちをしても兄ちゃんは帰ってこないしきっと喜ばない。
だから、しないよ」
「分かった。
ならひとまずコイツはこの木に縛り付けておこう。
さっきの部屋にあった
「……ざけんじゃねぇ」
この後の算段をしていた二人はしかし地を這うようなひび割れた声にハッとするとそれぞれ龍心環と飛翔清龍を構えて血黒丸を見た。
血黒丸はよろめきながらも立ち上がろうとしているところであった。
「甘っちょろいこと言ってんじゃねぇよ!この世は生きるか死ぬか、殺すか殺されるかだろぉ!
お前が俺様を殺さないってんなら俺様がお前を殺してやらあああ!!」
血黒丸は雄たけびを上げると体から凄まじい量の邪瘴を噴き出しセイと海に突撃してきた。
「海、後ろに下がれ!」
セイはそう言うと血黒丸の大鉈を受け止めたが先ほどよりも猛烈な力で押し込まれ弾き飛ばされてしまった。
「セイ!」
「そう何度も負けてたまるか、死ねぇええええ!!」
海は突進してくる血黒丸に対して詠唱をしようとしたが間に合わない。
「海ーー!!」
セイが悲鳴のように叫んだ時だった。
ピシリ、と何かがひび割れる音が聞こえピタリと血黒丸が止まった。
「……おいおいおいおい、まさか、そんな……。嫌だ、俺様は、俺様はまだ死にたくない、嫌だぁあああ!!」
「?!」
ピシピシピシピシ、と立て続けに音がするのに合わせて海の目の前に迫っていた血黒丸は急速に老化し遂には灰となって崩れ落ちて行った――。
「……どういう、ことなんだ」
海は辛うじてそう言うとそのまま言葉を失ってしまった。
「九頭龍とは、人ならざるものなのかもしれない……」
海の問いかけに対して推論を述べながらもセイは未だ信じられないといった表情で灰となった血黒丸を凝視していた。
何とも言えない沈黙が続いたのち、おもむろに海が口を開いた。
「ひとまず内裏へ行こう。
もし本当にあの黒い結界が九頭龍たちの仕業で中に閉じ込められている人たちがいるなら助けに行かないと。
それに血黒丸の仲間がいるならセイを騙していた“氷牙”もいるかもしれない。みんなの誤解を解く絶好の機会だ」
「ああ」
海とセイは何とか気を持ち直してお互いに顔を見合わせると力強く頷き合った。
「にゃーん!」
と、そこへ海をセイの元まで案内してくれた白猫がいつのまにか二人の足元におりそのままタタッと器用に海の体をよじ登ると肩に乗ってきた。
「キミ、一緒に行くの?」
「なんだその猫は」
「前に市で出会ってから仲良くなれたみたいで今回セイが閉じ込められたところまで案内してくれたんだよ」
「この猫がか?」
セイはより不審そうにじぃぃと見つめたが、白猫はどこ吹く風でにぁんと鳴いた。
「そうだよ。なんだかこの猫は人の言葉が分かるみたいなんだ。
キミも僕たちと行きたいんだよね」
「にゃん!」
「ほらね」
「……猫が言葉を理解するはずが無いだろう」
セイが反論すると海はムッとした顔をした。
「本当なんだって!」
「そもそもどうして市で会った猫がこんなところにいるんだ。おかしいだろう」
「それは……」
海は一生懸命考えたが良い理由を思いつけないのかうろうろと視線を彷徨わせながらも猫をぎゅううと抱きしめた。
「……分かった、この猫も連れていこう」
良い理由は思いつかないけど猫をここに置いて行きたくない海の意思を感じたセイはとうとう折れた。
「ところでお前、地上から成龍の地まで来たということは自力で天跳びをして登ってきたということでいいんだな?」
「そうだよ。あっ、でも途中で良く分かんないけど力がウワーッて湧いてきてそれで登れたっていうか……」
「なんだそれは」
「うーん、僕も良く分からない……」
「まぁいい、ならお前が天跳びをするのにもう私の補助は無くても良いということだな。
だったら私はお前の龍力を借りて自力で天跳びするからお前も自力で天跳びをしろ。その方が何かあった時にお互い動きやすい」
「そんなことできるの?」
びっくりして目を丸くする海にセイは少し後ろめたそうにしながら答えた。
「……普通は連花と言えども相手の龍力に少し干渉することができるくらいで自在に扱うことはできないらしいが、私にはできる」
「さすがセイ!」
しかし海はセイの様子に気付かずにセイを称賛した。
その様子に少しほっとした顔をしたセイはいつもの淡々とした表情に戻って海に声をかけた。
「では行くぞ」
「うん!」
海は白猫を胸元に入れると勢いを付けてセイと共に跳び上がった。
◇。..◇。..◇。..◇。..◇。..◇。..
海とセイが跳び立って暫くすると残された灰の側の空間が歪みそこから全身黒づくめの小柄な老人が現れた。
「ヒッヒッヒ、愚か者よな愚か者。人を呪わば穴二つ。
怒りに身を任せるからこうなるのじゃ」
まるで歌うかのように節を付けて言うとその場にしゃがみ込み黒鬼灯の花の刻まれた枯れ枝のような細くしわがれた手で灰を搔き分け黒く光る破片を集めては手巾に大切そうに集めていった。
「次の龍はもう少し頭の良いヤツが良いかのぉ。
もしくは、何も考えることも感じることも無いお館様の命令に忠実な人形が良いかのぉ……」
ヒッヒッヒッヒッヒ。
老人は破片集めに満足したのか立ち上がって再び嗤うと現れた時と同じように音も無く空間の狭間へとかき消えて行ったのだった――……。
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