第38話 心を交わす

「これで終わりだ!」


 血黒丸が嬉々として大鉈、斬惨ざんざを振り上げた、その時だった。


 ダーンッ!と大きな音がして扉の向こうにいるはずのセイの叫び声が聞こえた。


「海から離れろぉお!!」


「グアアア!」


 その瞬間海の目の前で血黒丸がバチバチッ!と電光に包まれた。


 突然のことに驚き固まった海にセイは走り寄ってくるとそのまま海の腕を取り森の奥へと逃げ込んだ。


「セイ?!扉、どうやって……。それにアイツ、セイが何かしたの?」


「即席の呪符を創って投げつけてやったんだ。早く逃げるぞ!


 このまままっすぐ行けば内裏にたどり着く!そこまで走、れ……」


 しかしセイは言いかけて足を止めてしまった。


「何だあれは」


 セイの視線の先、内裏がある辺りに禍々まがまがしい漆黒の巨大な半円球が出現していた。


「邪力で創られた結界?


 もしや血黒丸の仲間がすでに内裏にいるのだろうか」


「そんな」


 海は絶句してしまった。


「だとすれば血黒丸は私たちで倒さなければいけないようだ」


 海はごくりと生唾を呑み込んだ。



「あのさ」


 海は暫しの間俯いて言い淀んでいたが覚悟を決めたのかぎゅっと拳を握ると顔を上げて叫んだ。


「セイ、もう一度僕の守刃になってください!」


「……」


 しかし海の決死けっし懇願こんがんに対してセイは無言で顔を曇らせた。


「やっぱり、駄目だよね。許してもらいたいなんて、都合が良すぎるよね」


「違う」


「?」


 海はセイの顔をまじまじと見つめた。


 その美しい青磁せいじの瞳は迷うように、不安げに揺れていた。


「……本当に私で良いのか」


「!」


「私はお前を自分の目的のために利用していたんだぞ」


「僕はセイがいいんだ」


 海はセイの瞳をまっすぐに見つめて言い切った。


 するとセイは瞼を閉じ、一拍置いてから瞼を開くと覚悟を決めた顔で海を見返した。


「私の方こそすまなかった。


 今度こそ海の本当の守刃になると誓う。


 だから、もう一度私の言祝師になって欲しい」


「!うん」


 そうして二人は右手のひらを合わせた。


けまくもかしこき天龍に海がかしこかしこもうす。われ志同こころざしおなじくすセイと共に、この世の邪を祓い続けんことを誓う。われらを連花れんかとしその加護かごを与えたまえ」


 海が詠唱するといつかのように大気中から水が現れ二人の周りをぐるりと一周し、改めて連花となる二人を祝福するようにお互いの右手の甲に瑞々しい一輪の花の蕾を刻んだのであった。




「さっきあの部屋で創った呪符がもう一枚だけある。


 この呪符で足止めをするからその間に言祝術で血黒丸を倒せ」


「うん、」


 分かった、と続けようとして海は目を見開いた。


「セイ、後ろ!」


 慌ててセイが振り返ると血黒丸が襲い掛かってきていた。


「何度も同じ手にかかるかよ!」


「ッ!」


 血黒丸は斬惨ざんざをセイの持つ呪符目掛けて振り下ろした。


「呪符が!」


 無残にも切り裂かれ宙に舞う紙くずと化した呪符に海は思わず悲鳴を上げた。


「よくも!」


 セイは一旦後ろに飛び退いたがすぐに血黒丸のもとに突っ込むと地面に両手をつき血黒丸の胴体を狙って回し蹴りをした。


 しかしすんでのところで避けられてしまいその後も畳みかける様に攻撃を仕掛けるがどうしてもあと少しのところで当たらない。


「海、術を放て!」


 焦れたセイは後ろでずっと攻撃の機会を伺っている海に叫んだ。


「で、でもこのままじゃセイとアイツの距離が近すぎてセイにも当たっちゃうよ!」


「いいからやれ!」


「できないよ!」


 必死の拒否にセイはグッと眉根を寄せた。


「せめて小刀があればコイツの刃を受け流せて間合いも取れるのに……!」


「!」


 その言葉に海はハッとした。


「そうだ、僕が創刃できれば」


 この窮地を脱する手立てに思い至った海は必死で考え始めた。


「セイの祓月刀、セイの祓月刀、セイの祓月刀……って、どんなだ??」


 しかしそもそもどう考えれば良いものかすら全く検討も付かず海は頭を掻きむしった。


「一旦落ち着こう。


 ……そういえば、兄ちゃんは鷹兄たかにぃの刀についてなんて言ってたっけ」


 ふと思い立って海はまだ空達が言祝師になるため都へと立つ前の記憶を思い出していた。


(そうだ、)


「鷹兄っぽい刀を想像したって言ってた」



 だとするなら――。


「セイっぽい武器を考えたらいいのかな……」


 セイっぽさ、と呟いて海は改めてセイについて考え始めた。



 海の思うセイという人間は、純粋で、繊細で、優しくて、例えるならまるで清らかな水のようだと思う。


 だけど周りに流されるばかりでは無くちゃんと自分の信念があって、何物にも汚されない強さがあると感じていた。


「それに、セイはここまで僕のことを導いて言祝師への道を開いてくれた。


 まさに僕にとっての“天龍”だ」



 (そんなセイを表す刀――……)



 そう考えると、今まで想像すらつかなかったセイの祓月刀の姿がスッと頭に浮かんできて、海の手は自然と龍心環を構えていた。



けまくもかしこき天龍に海がかしこかしこもうす。連花れんかに邪を切り裂くやいばを与えたまえ。でよ“飛翔清龍ひしょうせいりゅう”!」



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