第37話 守りたい

「逃げないよ」


 海はきっぱりと言い切った。


「僕が逃げたら次はセイが血黒丸に狙われることになる。


 今まで沢山セイに守ってもらってきたんだ、今度は僕がセイを守る」


 海は立ち上がるともう一度龍心環を構えた。


 しかしその言葉にセイは絶句してしまった。


「守る、だと……?何を言っているんだ、おかしいだろう、言祝師が、それも連花を解消した守刃を守るなんて」


「言祝師だとか守刃だとか関係ないよ!


 僕がセイのことを守りたいから戦うんだ!」



「言祝師も、守刃も、関係ない……」


 海の決意の叫びを聞いた途端、セイの中で忘れていた遠い記憶が一気によみがえってきた――……。




「兄上はどうして滉光と連花になったのですか?」


「え?」


 それは珍しく清正の体調の良い日であった。


 麗らかな春の陽気に気持ち良さげに咲く花々を愛でる世都子を遠目に清正は並んで歩いていた瀧正に訊ねた。


「たくさんの候補者がいた中でどうして滉光を選んだのですか?皆良家の子息で優秀な者たちばかりが集められていたのでしょう」


「そうだなぁ……」


 瀧正は遠くを見つめ何かを思い出すようにおかしそうに笑った。


「一番、滉光のことを守りたいと思ったから、かな」

 

「……仰られていることが分かりません。言祝師とは守刃に守られる立場のはず。何故言祝師が守刃を守るのです」


 怪訝な顔をする清正に瀧正は優しく微笑んだ。


「言祝師や守刃の立場など関係ない。


 心から守りたいと思える相手がいたら、またそう思ってくれる相手が出来たら、それが連花となるべき相手なのだよ」


「はぁ……」


 清正は良く分からないがそんなものなのだろうか、と曖昧な返事をした。


「私にも、そんな相手ができるでしょうか」


「勿論。きっとできるさ」


 そう言った瀧正の顔はとても満ち足りていて嬉しそうで、清正もいつか瀧正のようになれればと自らの未来に期待に胸を膨らませたのであった。





「『心から守りたいと思う相手』……」


 セイは呆然と呟いた。



 初めは、利用できるなら何でも良かった。


 出会っていきなり海に自分の言祝師になれと言ったのも邪の力を使って心珠を狙いに来ている九頭龍たちに対抗するために言祝師の力があればという打算でしか無かった。


 だからこそこれまで海との接触も必要最低限にしかしてこなかったし、登龍の瀧を登りきれず試験に落ちた上自分の正体が露見した時あえて厳しく突き放すようなことを言ったのもこれ以上巻き込んでも意味が無いと海を切り捨てようとしたからに他ならない。


 それなのに、海にとって自分はいつのまにか『守りたいと思う相手』になっていたというのか――……。



(だとしたら、私はどうなのだろう)


 自分は利己的な考えを抜きにして本心から海のことを守りたいと思っているのだろうか……。



「ッ!」


 海の鋭い悲鳴と布がバッサリと裂ける音が聞こえセイはハッとして意識を扉の外へと向けた。


 その後も止むことなく血黒丸の大鉈が何度もブオンブオンと容赦なく海に振り下ろされている音が聞こえる。


 海の呼吸もどんどんと荒くなっており逃げ続けるのが厳しくなっている様が伝わってきた。


 このままだと海が死んでしまう――。


 そう思った瞬間、セイの心の臓はまるで数多の刃で突き刺されたかのように激しく痛んだ。


(そんなことは絶対にさせない!)



 本当はとっくに心を囚われていたのだ。



『僕は諦めない。諦めたくないんだ!


 だからどうかもう一度、お願いします!!』



 そう言ってまるでこちらを射抜くような真っすぐで意志の強い瞳を見た瞬間から――……。



 セイはグッと奥歯を噛みしめると決意を込めた顔で部屋の中を見渡した。


 海を助けるために何としてもこの部屋から出なければならない。


 セイは大急ぎで立ち上がると部屋中を漁った。


 しかし役に立ちそうなものは何一つとしてなかった。


「この部屋には紙と筆すらないのか!」


 紙と筆さえあれば結界を解くための呪符を創ることができるかもしれないというのに――……。


 焦ったセイは側にあった几帳に気付かずバタンと派手な音をさせて倒してしまった。


 その瞬間に起きた風によって微かにかさり、と紙が擦れる音がした。


 ハッとして振り向くと血黒丸の大鉈によって微かに開いた扉の隙間から光が差し込みその下の床に数枚の札が散らばっているのに気がついた。


「何故札が剥がれ落ちてるんだ。この部屋に貼ってある札は剥がそうと思っても剥がせるものでは無いのに。


 もしや大鉈が扉に刺さった時に邪力の影響を受けて落ちたのか……?」


 思わず独り言ちていたセイは次の瞬間あることを閃き大声を上げた。


 「そうだ、この札を利用できれば……!」


 セイは扉まで走って戻り落ちている札をひっつかむと躊躇うことなく右手人差し指に勢いよく噛みついた。


 そうして溢れた血で一心不乱に数枚の札に何かを書き加えていった。


「できた!」


 暫くして札から顔を上げたセイは部屋全体に貼られた札を勢いよく確認していった。


 この部屋の結界の核となっている札は――……。


(天井か!)




「これで終わりだ!」


 扉の外で血黒丸の喜び勇んで叫ぶ声が聞こえる。


「させるかぁあああ!」


 セイは目当ての札の真下まで走ると自らの血で書き足した札たちを力の限り天井に投げつけた。


 するとバチバチバチッ!とまるで部屋全体に落雷が落ちたかのように光が弾けた。


(よし、結界が緩んだ!今だ!)



「開けぇええ!!」


 セイは全身全霊の力を込めて扉へとぶつかった。

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