第36話 信じがたい再会

「火緒里、おい、返事をしろ!」


「無駄だよ。丸呑みされたんだから返事なんてできないって。


 次はアンタの番だよ」


 少女がそう言うと火緒里を呑み込んだ大蛇が今度は真更木を狙って急降下した。


けまくもかしこき天龍に真更木がかしこかしこもうす。邪を吹き飛ばす強き風を起こしたまえ。“ こがらし”!」


 真更木が詠唱すると突風が大蛇に襲い掛かったがこちらに向かってくる勢いを止めるには至らなかった。


「何してんのさ!本気でやりなよ!」


 奈由多に庇われ間一髪大蛇に吞み込まれるのを回避したところを見ていた菊薫子が思わず叫んでいた。


「やってる!」


「アハハ、アンタじゃこの特大の邪蛇には勝てないよ。

 

 さっさと諦めて食べられちゃいな」


「食べられてたまるか!」


「そう言わずにさ」


 再び向かってくる大蛇に龍心環を構えた時だった。


「真更木、奈由多、逃げろ!」


 菊薫哉の焦った声が聞こえた。


「え?」


 真更木が振り向くと土円、菊薫哉たちが対峙していた方の大蛇がすぐそこに迫っていた。


「!」


「真更木様!」


 驚き反応が遅れた真更木は次の瞬間奈由多に思い切り突き飛ばされていた。


「アアアア!!」


 真更木が振り向くと奈由多は襲い掛かってきたうちの一匹は追い払ったものの、もう一匹に肩を噛まれていた。


「奈由多!」


「終わりだよ」


 少女の嬉しそうな声に真更木がハッと顔を上げると奈由多に追い払われた方の大蛇が大口を開けて襲い掛かって来ていた。


 喰われる――……。


 そう思った瞬間咄嗟に動けなくなりヒュッと息を呑み込んだ時だった。


けまくもかしこき天龍に貴遥がかしこかしこもうす。きよき水の守りを与え給え。“水守みずもり”!」


 大蛇の牙が突き刺さる直前、貴瑶の詠唱が聞こえ真更木の周りを立方体の水の膜が覆った。


 大蛇はそのまま突撃してきたが牙が膜に触れた途端大蛇は弾き飛ばされ少女は盛大に舌打ちをした。


「アハ、スキアリ!」


 しかし貴瑶の注意が逸れた一瞬を見逃さなかった若い男は再び龍の鈴をめがけて小刀を投げつけた。


「ッ!けまくもかしこき天龍に貴瑶がかしこかしこもうす。映りしやいばを」


「もう効かないヨ」


 その瞬間、小刀の軌道が曲がり創造される途中だった鏡を回り込んで残りの龍の鈴を破壊した。


「!!」


「ヤッター!任務タッセイ」


 粉々に壊された鈴たちの残骸がはらはらと聖麗泉に沈み辺りは異様に静まり返る中、若い男の楽しげな声が嫌に大きく聞こえた。



「引き上げるぞ」


 その様子を見届けた主格の男の呼びかけに真更木はハッとして未だ創られたままの水の膜の中から声を張り上げた。


「待て、火緒里を返せ!」


「ハァ?何言ってんの?もう食べちゃったんだから返せるわけないじゃん。


 はい、さよなら」


「待て!!


 泉美大師、この結界を解いてください!この中にいたら戦えません!」


「駄目だ。キミでは奴らには勝てない。無駄死にするだけだ」


「そんな!このままじゃ火緒里が!大師!」


 闇に紛れて消えようとする九頭龍たちを逃してなるものかと真更木は必死になって叫んだ、その時だった。


 ズドーン!という大きな音と振動がしたかと思うと目の前を巨大な水砲が横切り大蛇二匹に直撃した。


「?!」


 その瞬間大蛇はパッと霧となりあちこちに飛び散る飛沫しぶきと共に空気中に溶けて行った。


「え……」


 一瞬の出来事に驚愕した真更木は声のした方に目をやり空に大きく開いた光指す穴の淵に立っていた少年を見て更に仰天した。


「どうしてここに?!」



 そこにいたのはなんと登龍の瀧を登りきれずに言祝師試験を脱落したはずの海だった――……。





 ◇。..◇。..◇。..◇。..◇。..◇。..


「どうしてここにお前がいるんだ、血黒丸!!」


 海は湧きあがる思いのままに怒声を上げると龍心環を手に血黒丸へと突っ込んでいった。


「どうしてって、俺様はスゲーんだってあいつらに教えてやんねぇとだからな!」


「何の話だ!


 けまくもかしこき天龍に海がかしこかしこもうす。の者を砲撃ほうげきたまえ。“豪流水砲ごうりゅうすいほう”」


「だぁから効かねぇなぁ!」


 血黒丸は水砲を避けると海を拳で殴り飛ばした。


「ぐぁああ!」


「海!」


「おんろ?今この扉の向こうから聞いたことのある声が聞こえたぞぉ。


 もしかしてあの時のもう一人のガキはその扉の向こうに隠れてやがるのかぁ?


 ならソイツも後で殺してやらねぇとな」


 血黒丸はガッと音をさせて投げて扉に突き立てていた大鉈を回収すると微かにできた隙間から中を覗き込んでセイを見つけニタリと嗤った。


「!」


 目が合ったセイは思わず仰け反り固まってしまったが、血黒丸はすぐに顔を離すと吹き飛ばした海の元へと歩を進めた。


「ッ、海、逃げろ!」


 セイは悲鳴のように叫んだ。


「海!!」





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