第35話 忘我(ぼうが)
虎舞の戦いを見た真更木は思わずぽかんとしてしまった。
やはり大師というのは規格外でないと務まらないものなんだなとしみじみ感じていると菊薫子の叫び声が聞こえてきた。
「うわあああ!」
急いで見上げると菊薫子が大蛇に尻尾で薙ぎ払われていた。
「菊薫子!」
菊薫哉は急いで天跳びをしなんとか菊薫子が聖麗泉に落ちる前に受け止めることに成功した。
「怪我は無いか?!」
「うん、なんとか」
「よかった」
はぁーっと息を吐く菊薫哉であったが、大蛇はそんな二人めがけてまるで
「
その様子に真更木は紫宸殿から飛び出すと詠唱をして蔓で菊薫哉と菊薫子の二人を掴みぐっと引き寄せた。
「大丈夫か?!」
「大丈夫じゃない!蔓に引っ張られる時内臓すごいグワってなったんだけど」
「もっと丁寧に扱ってよね!」
「お前ら助けてもらって文句言うな!」
「あーもう、うるさいなぁ。
だけどこのままじゃこっちが消耗するばかりだよ」
「真更木はさっき絶対祓うなんて言ってたけど、一体どうするのさ」
「涼親、まだ見つからないのか。
登龍門院に待機している
双子たちに聞かれて真更木が言葉に詰まってしまった時だった。
瀧正が涼親に詰問した。
「もう少しお待ちください。
それから申し訳ありませんが
その声に真更木が顔を向けると、涼親は龍心環を構えたまま目を瞑りじっとたたずんでいた。
「筆頭は何をしているんだ?」
「都の結界の再構築、それからこの場に邪力で創られた封じ込め結界を創っている“仲間”が他にいるだろうからそれを探しているのよ」
その質問に答えたのは上空で少女と戦っていた火緒里だった。
「“封じ込め結界”?それに“仲間”だと?」
「おかしいと思わない?
たとえ祓いきれなかったとしても、私たちの術や守刃の持つ祓月刀には龍力が宿っているのだから攻撃が当たれば多少なりとも力を削ぐことができるはずなのよ。
それなのに奴らは一向に力を失うそぶりすら見せない。
ならば考えられることは一つ。戦いながら新たな邪力を取り込んでるのよ」
「まさか」
「奴らが現れた時に一気に闇に覆われて圧迫されるような気がしたでしょう。
おそらくこの闇は龍力の力を削ぎ、反対に奴らの邪の力を増幅させているのね。その証拠に真更木はすぐに息切れしてたじゃない」
「それはそうだが……。どうして仲間が外にいると分かるんだ?」
「結界術は空間術式の一種でとても繊細で力のいる難しい術なのよ。
これだけ大掛かりなものを展開し続けながら戦うのは正直不可能。
もし私が襲撃の計画を立てるのなら、結界を張る役目の者は離れた場所に隠して結界術に専念させるわ」
「なるほど」
「筆頭大師は結界術の第一人者だし“
「“憑依術”で“索敵”?」
「上を見て、耳を澄ませて」
その言葉に改めて真っ黒な空を見上げると姿は見えないが微かにギーギーと鳥の鳴き声が聞こえることに気が付いた。
「筆頭はこの結界の外にいる鳥に憑依して仲間を探しているのか!」
「だからさぁ、しゃべりながら戦うなんてホントヨユーだよね!それならもう一体追加してあげるよ」
九頭龍の少女が不機嫌そうに言うともう一匹巨大な大蛇が現れ火緒里に襲い掛かった。
「危ない!」
火緒里は避けたものの体勢が崩れた隙を見逃さず少女は刀を振りかぶった。
「させません!」
燐々音がすかさず間に入り受け止めたが少女はクスリと笑った。
「それで防いだつもり?」
次の瞬間少女の刀の先が邪蛇に変化し燐々音の腕に噛み付いた。
「あああ!」
「燐々音!」
「あははははははは!ざまあ!」
邪蛇が深く突き立てた牙を抜くと燐々音は鮮血を
その様子を聖麗泉の上で見ていた真更木と菊薫哉たちは慌てて燐々音を受け止めた。燐々音の腕は血にまみれその間から覗く地肌には邪瘴に憑りつかれた証である黒い痣が浮かんでいた。
真更木は急ぎ“
「よくも燐々音を!!」
なんとか“清浄祓”を終え燐々音を紫宸殿に寝かせた真更木が改めて火緒里を見ると、先ほどまでの冷静さとは打って変わって激しく激高し少女へと突っ込んでいった。
「火緒里、落ち着け!」
真更木は慌てて紫宸殿を跳びだした。
「怒ってる怒ってる。でもソイツの言う通りもうちょっと冷静になって周りを見たほうがいいんじゃん?」
「?!」
その言葉にハッと火緒里が上を見上げると大蛇が大口を開けて火緒里を吞み込まんとしていた。
「火緒里!!」
「はい、さよなら」
次の瞬間火緒里は真更木の目の前で大蛇の口の中へと消えていた。
「火緒里ーーーーー!!」
異様に静まり返った辺りに真更木の絶叫が響き渡った。
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