第34話 乱闘

けまくもかしこき天龍に真更木がかしこかしこもうす。の者を捕らえたまえ。“からづる”!」


 真更木が詠唱すると龍心環から生み出された幾本もの蔓が大蛇を絡め取ろうと空へ伸びた。


 しかし大蛇は見かけによらずすばしっこくて一向に捕まえることができない。


 大蛇はしばらく逃げ回ったのち蔓を操っている真更木に一直線に襲い掛かってきた。


「させるか!」


 奈由多は跳び上がり大蛇の眉間へと刹那を突き立てようとした。しかしするりと躱されてしまう。


「クソッ!」


 咄嗟に体を捻り再度刹那を突き出せば今度は胴体を掠めることに成功した。が、掠めた部位だけが霧になって散るばかりで大蛇が真更木に向かう勢いを止めることができない。


「真更木様!!」


けまくもかしこき天龍に土円がかしこかしこもうす。万物ばんぶつを防ぐ盾を創りたまえ。“土壁つちかべ”」


 土円の術により空に巨大な土の壁が出来上がった。大蛇は避けきれず激突しパッと霧になって散ったがすぐに上空で元の形に戻った。


「まるで不死身ですね」


「それでも必ず祓う!」


 真更木はすでに息があがってしまっていたが歯を食いしばると再度龍心環を構えた。


けまくもかしこき天龍に真更木がかしこかしこッグ?!」


 ところが真更木は近づいてきた菊薫子に思い切り蹴り飛ばされてしまった。


「何をする!」


「息切らしすぎ。鍛錬が足りないんじゃない?」


 馬鹿にしたように菊薫子が言うと菊薫哉も片方の口の端だけを器用に上げて言った。


「そんなヘロヘロじゃいても邪魔だよ」


「私はまだ、」


「お気遣いありがとうございます」


 ムッとした真更木が反論しようとしたところを奈由多に首根っこを掴まれて紫宸殿に引っ込められてしまった。


「奈由多!私はまだ戦える!」


「はいはい、ちょっと休憩しましょう」


 掴まれたままの手から逃れようとするもそうはさせるかと言わんばかりに力を入れてくる奈由多に諦めた真更木は大人しく他の者たちの戦いを見ることにした。


 するとガキンッ!と重く鋭い音がした。


 音の出どころの方を向くと、東宮の守刃である滉影が主格の男と激しく切り結んでいるところであった。


 その剣技は凄まじくお互い一歩も引かず火花さえ飛び散っていた。


 真更木は固唾を吞んで見つめていたが、突然湧き出た水が二人を閉じ込めようと襲い掛かった。


 真更木はぎょっとして周りを確認するとどうも術を行っているのは東宮のようだった。


(自分の守刃ごと閉じ込めようというのか?!なんという非情な……)


 真更木は慌てて自分の龍心環を構えようとしたが、滉影は顔色を変えることなく寸でのところで跳び退くと水の中には男のみが囚われた。


 真更木は心底ほっとしたがそれもつかの間、捕まっている男が勢いよく刀を振るうと水牢に亀裂が入りそこから一気に決壊してしまった。


「アハ、水の中に閉じ込められるってどんな感じ~ィ?やっぱり苦しくてキモチイイ??」


 少し離れた場所で湖太郎とやりあっていた若い男が水牢を壊した男に軽薄に声をかけた。


「こんなものか、といったところだな」


 再び猛攻を仕掛ける滉影の攻撃を避けながら男は淡々と答えた。


「そっか~、そんなに苦しくもないのか。ザンネン!」


 しかしその会話を聞いていた真更木は愕然とした。先ほど東宮が行った水牢の中には遠くから見ても龍力がこれでもかというほど凝縮されているのが分かり、邪の力が強ければ強いほど苦しさに藻掻くに違いない代物だった。


「水の中がお気に召さないなら、鏡の中はどうだ?


 けまくもかしこき天龍に貴瑶がかしこかしこもうす。の者をくるわしき鏡世かがみよに閉じ込めたまえ。“狂乱万華鏡きょうらんまんげきょう”」


 唱え終えるといくつもの長方形の鏡が若い男を取り囲んだ。しかしあと一歩のところで惜しくも逃げられてしまった。


「これすごいね。ちょっと見えちゃったけど閉じ込められたらアタマ狂うヤツだ。最高にキモチよさそう。


 でも今はやらないといけないことがあるから捕まってられないんだよなぁ。本当にザンネン!」


 そう言うと貴瑶の持つ龍の鈴を狙って両手の指々に挟んだ小刀を一気に投げつけてきた。


「何度も喰らうものか!


 けまくもかしこき天龍に貴瑶がかしこかしこもうす。映りしやいば反射はんしゃたまえ。“反鏡はんきょう”!」


 貴瑶が術を唱えると投げつけられた小刀は貴瑶の正面に創られた鏡に当たると倍の速度、倍の力で男に跳ね返り男の仮面を掠め粉砕した。



「うーーん、シビレルね」


 男はざっくりと切れた頬から垂れた血をペロリと舐めると恍惚こうこつとしてニタリと嗤った。


「とってもキモチイイよ」



 それを見てしまった真更木は背筋がぞぞぞとしてしまったので他の戦いへと目を向けることにした。


 もう一人の大師である虎舞はおそらく自分と同世代の少年と戦っていた。


 しかし虎舞の手には何故か龍心環ではなく刀が握られていた。


「アンタ言祝師なんじゃねーの。なんで自分で刀出して戦ってんだよ。守刃はどこ行ったんだ」


 敵の少年は刀で打ち合いながらも虎舞に歯に衣着せぬ物言いで疑問をぶつけていた。


「ガタガタうっせーな。だったらお前はアタシが詠唱を終えるまで待っててくれるって言うのかよ」


「待たねーな」


「だろ?」


 オラァアア!と叫びながら少年を刀で押し切って吹き飛ばすと虎舞はフン、と刀を肩に担いだ。


「安心しな。アタシ、刀も強いから」



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