大往生パーティ

結騎 了

#365日ショートショート 116

 とても素直な息子だ。きっと私の遺言をやり遂げてくれるだろう。彼は実直で、聡明な男に育った。人の気持ちを慮ることができる。父である私の最期の想いを、きっと汲んでくれるだろう。

 私は常々思っていた。葬式というものはなぜああも厳かでなければならないのか。不慮の事故で亡くなったり、あるいは事件に巻き込まれて若くして命を散らしたのであれば、それは仕方がないかもしれない。しかしどうだろう。私はこの通り、九十八の人生を老衰で逝った。家族に見守られながら逝くことができた。これ以上の大往生もあるまい。であれば、悲しむことなかれ、むしろ祝ってほしいものである。

 息子ならきっとやり遂げてくれる。そう思い、私は生前に遺書をしたためた。内容はこうだ。葬式の会場には食べきれないほどの寿司と酒を用意すること。生バンドを呼び、ちょっとしたパーティにすること。事前に演奏する曲目まで指定してある。私が選んだ最高のジャズ・プレイリストだ。それを聴きながら、みんなで楽しく過ごしてほしい。私の遺体がそばにあっては、妙に気遣って明るい宴会にならないだろう。遺体はよその部屋にでも追いやってくれ。まあ、とにかく旨い寿司だ。馴染みの大将に話はつけてある。酒も予算を惜しむなよ。たっぷり寝かせたワインも、ここで振舞いなさい。とにかく、悲しく厳かな葬式など要らないのだ。私のためにわざわざ足を運んでくれた参列者の皆さんに、楽しく飲み食いして帰っていただきたい。大往生パーティである。……そう遺言に記し、これで安心と私はゆっくり息を引き取った。

 さて、いよいよ葬儀が始まる。しかし、どうにも様子がおかしい。参列者は悲しい顔で現れ、何十回と見たいつもの厳かな雰囲気で進んでいる。どういうことだ。息子よ、お前はなにをやっている。

 おっ、喪主の挨拶だ。息子が立ち上がるぞ。ここから号令がかかり、サプライズでパーティの開始だろうか。

「皆様、本日はお集りいただきありがとうございます。実は父の遺言には、この場で華々しく皆様をもてなすよう記してありました。息子として、父の思いは察します。しかし、お忙しい中こうして足を運んでくださった皆様のお気持ちを思うと、宴会など、とても私にはできませんでした。どうか普段通り、粛々と手を合わせ、父を見送っていただければと思います」

 なんてこったい。慮ったな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

大往生パーティ 結騎 了 @slinky_dog_s11

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説