第22話 初任補習科

初任科卒業後、交番・刑事課などでの3ヶ月間の研修を経て、初任補修科生として再び入校することになった。

(警察官は採用されてから採用時教養と呼ばれる初任教養、職場実習、初任補修教養、実戦実習の4つの期間の教養を受けて一人前となります。)


入校当日の朝は土砂降りの大雨だった。

鳴り響く携帯の目覚ましを止め、カーテンを開けたところ滝の様な大雨が降っていた。

「学校まで行くのマジでめんどくせぇな」そう思いながら身支度を始めた。

蔵山市内から警察学校までは、主要幹線道路を複数通るため1時間以上かかる上、この大雨の中をバイクで行くのは億劫で仕方がなかった。

寮を出た後は、警察署に同期3人で集合し、拳銃・警察手帳等の最重要貸与品を取り出して警察学校に向かった。

渋滞を予想してかなり早めに出発したのだが、他の人たちも同じことを考えていたのだろう予想以上に交通量が多く、警察学校に着いたのは指定集合時刻の15分前だった。


到着後、教務課の教官に申告と本署当直員に電話で到着報告を行い、寮室で制服に着替えた後、教場に集合した。

教場は卒業後に改修されたばかりの新しい教場だった。

床も壁も真っ白で気持ちがいい、新品の匂いもするし…。

教場のドアを開けると懐かしい面子が揃っていた。

と言ってもうちの同期は仲が良く頻繁に遊んでいたので、めちゃくちゃ懐かしいわけではないがこうして全員が揃うのは久しぶりだった。

現場での話などで盛り上がっていると”バン!”と勢いよくドアが開き、地域教科担当の海野教官が入ってきた。

私たちは話を止めるとともに皆内心驚いていたと思う。

というのも担任教官が誰になるのかまだ知らされていなかったからだ。

普通は、初任科時の担任教官がそのまま担任をするのだが、入校の約1週間前荷物搬入で訪れた際「岩戸教官」は秋に入校した初任科の担任教官をすることになったため、私達の担任から外れるということを知らされていた。

正直、めちゃくちゃショックだった。

私達は岩戸教官のことが大好きで、また初任科の様に公私含めた色々な話をしたいと思っていたから、仕事ではあるが入校する楽しみが半減していた。


海野教官が教壇に立って口を開いた。

「おはよう。皆元気そうだな。」と話を始め、続いて入校にあたっての注意事項等の諸説明が始まったので、私は「担任教官は海野教官になるんだな…」と思っていると海野教官が唐突に「俺の役目は終わったから担任教官に引き継ごうと思う。」と言い残し、教場から出ていった。

同期一同「え?どういうこと?」と教場内がざわつき始め、しばらくしたところで刑事教科担当の田代教官が入ってきた。

海野教官の時よりも驚いた。

海野教官は初任科時の卒業旅行に同伴で来るなど私達を懇意にしてくださっていたので担任になる理由は多少は理解できたが、田代教官はほとんど接点がなかったからだ。

田代教官も海野教官と同様で教壇に立ち口を開いた。

「おはよう。皆元気そうで何より。」と話を始め、続いて入校にあたっての心構え等についての話が始まった。

さすがに精神論を解き始めたので「こういう話をするんだから担任教官は田代教官で間違いないんだろうな…。」と思っていると田代教官は「俺の言うべきことは全て言ったから後は担任教官お願いしようと思う。」と言い残し教場から出ていった。


初任科入校当初は滅茶苦茶厳しかった教官たちがこんな吉本新喜劇みたいなことをしていると笑うしかなかった。

次は誰が来るんだろうかとワクワクしながら待っているとドアが開いた。

入ってきたのは警備教科担当の桑原教官だった。

桑原教官は、同時拝命大卒組の担任教官である。

初任科時、教科担当であり、同拝組の担任であるため接点は多かった。

とはいえ、警備教科の教官ということもあってかミステリアスな人だった。

桑原教官は教壇に立つと「岩戸教官に来ていただきたいところではあるが、俺がお前たちの担任教官になることになった。」と言った。

私は最初こそ「え?嘘やろ?これもドッキリのうちか?」という気持ちだったが、その後も粛々と話が進んでいったことと私が警備教科が好きなこともあって今まで登場した3人の中では個人的には1番桑原教官が良いなとは思っていたので「まぁ、桑原教官が担任ならええか」と思うことにした。


教官たちの担任発表ドッキリという和やかな雰囲気から始まった初任補修科は、波乱の毎日だった。

近年では3本指に入る優秀な期だと教官たちから評されていた私たち110期生だったが、一線を経験し慢心をしていたのか、それとも初任補修科という立場戻ってきたからなのか、やらかす奴が続出し連日の様に教官たちから叱責されていた。

入校して折り返し地点を迎えた頃だろうか桑原教官から「お前たちの面倒は見切れん、お前たちは既に一線の人間だから好きにしろ」と見放され担任不在という前代未聞の事態に陥っていた。

私自身やらかすことはなかったが、いつも「早く現場に戻りてぇ」と思っており初任補修科に対する心構えは初任科の様に志の高いものでは無かった。


そんな初任補修科の楽しみは、エミリーとの連絡と同期たちとの飲み会だった。

初任補修科入校して間もない頃、夜の自由時間に携帯を確認すると「日本に留学することが決まったよ!」とエミリーからメッセージが届いていた。

話を聞くところによると来日は2月頃予定ということで私の入校最後の月だった。

以前から留学をするためにコツコツと準備をしているのは知っていたが、まさかこんなに早く決まるとは思っていなかったため、とても驚いた。

最後の月は、卒業試験に各種検定、卒業旅行など行事が目白押しのため週末も学校に詰めて猛勉強する必要があったのだが、エミリーが来日する時期が決まったとなるとそれどころではなかった。

毎日スケジュール帳を見ながら「いつだったら会えるかな…どこに行こうかな」とエミリーと会える日のことばかり考えていた。

だが、日が経つに連れて雲行きが次第に怪しくなっていく…。

当初の予定より、ビザの発行に時間が掛かっており「2月中には来日できないかもしれない」ということだった。

結局、私が卒業した後の3月に会うことになった。

エイミーと会える日が先延ばしになり、残念ではあったがこれで入校中は業務に専念出来るし、現場の方が自由があるので結果オーライだと思うことにした。


初任補修科卒業の1週間前、卒業旅行に行くことになった。

卒業旅行には、初任科時の担任教官であった岩戸教官が同伴で来ていた。

本来であれば担任の桑原教官が同伴で来られるはずなのだが、いかんせん担任不在状態であったため同伴しないということになっていた。

実行委員を中心に「それなら岩戸教官を呼ぼう」ということになり、岩戸教官を誘うことになった。

岩戸教官は初任科114期の担任をしていたのだが、旅行が土日ということもあって、岩戸教官が来てくださることになった。

私達は岩戸教官が大好きで、岩戸教官も私達のことを大事に思ってくれていることが本当に嬉しかった。


卒業旅行1日目。

警察の旅行と言えば「酒を飲む」だった。

目的地に行くまでのバスで酒を飲みながら談笑したり、カラオケを歌ったりして午前中だというのに凄い勢いだった。

それから観光地を散策して、夜はホテルで宴会。

その後は、飲み屋街で2次〜3次会を行った。

1日中、同期と教官と騒いで飲んで最高の日だった。


2日目。

朝に市街地を自由散策している時、アキラたちと信号待ちしていると後ろから「お前ら何しとんな」と岩戸教官が声を掛けてきた。

私達は「ひと通り目当ての所は行ったので、ホテルに戻るところです。」と答え、「教官も戻られるとこですか?」と質問をした。

すると岩戸教官も「俺もちょうど戻るとこ」と答えたので、一緒にホテルまで戻ることになった。

岩戸教官やアキラたちと話をしながら歩いている時に1つのことが頭をよぎっていた。

それは「エミリーのこと教えるべきかどうか」ということだ。

岩戸教官は恩師であり、人として尊敬しているからこそ、この話を教えるべきだと思っていたし、岩戸教官は組織色に染まっていない柔軟な考え方を持っているため、警部補目線で必ず何かしらのアドバイスをくれると信じていた。

卒業すれば岩戸教官とこうして話を対面で話が出来る機会は中々ないため、思い切って話を切り出してみることにした。

私が「教官。お話したいことがあるんですか…。」とかしこまりながら話しかけた。すると岩戸教官は、いきなりかしまった私の姿に少し驚いた様子で「いきなりかしこまってどしたんな」と笑いながら返事をした。

私はかしこまったまま「あのですね、女絡みの話で…。所属の係長たちにも報告してないのですが…。岩戸教官には報告しておきたいと思いまして…。」と話を続けると岩戸教官は「おぉ、どした?」と少し心配するような表情で私の顔を見ていた。

私は、硬派な方で岩戸教官に相談をしたり弱みを見せたりすることは今まで無かったのでそんな私がこんなにかしこまっているので心配だったのかもしれない…。

私は一呼吸置いて「実はアメリカ人と付き合っていまして…中々誰にでも相談できることではないので、岩戸教官に警察官が外国人と付き合うのは身上の関係とかで大丈夫なのかというところを相談できればと思いまして。」と話した。

岩戸教官は驚いた顔で「アメリカ人!?マジかお前。ぶっ飛んだところ攻めたな!」と言い、少し考えながら「外国人なぁ〜、俺はええと思うけどな面白いが。でも俺は外事じゃねぇから専門的な回答できん。まぁ、スパイとかそういうヤバい奴じゃねぇんなら大丈夫だと思うけどな〜。」と私の質問に答えた後エミリーとの関係について質問を始めた。

「その子といつどこで出会ったんな」という質問に最初は刑事研修の時の様にそれっぽい話をしようかと思ったのだが、やはり岩戸教官には本当のことを話しておこうと思い「話が結構複雑で長くなるんですが…警察になる前に言語交換サイト…ネットで知り合いました。」と真実を話した。

これまた岩戸教官は驚いた顔で笑いながら「なんだそれ、面白しろすぎるだろ(笑)、でも、お前それ大丈夫なやつか?相手の素性ちゃんと把握しとんか?」と言ったが、笑ってはいたものの少し心配と懐疑心の混じった雰囲気を感じた。

私は、どうすれば大丈夫だと信じてもらえるか言葉を選びながら「かれこれ3年近くは連絡取り合っていますし、フェイスタイムとかで相手が実在しているのは確認できています…。プレゼントも国際郵便で送り合ったこともあるので…大丈夫だと思ってます。あと、日本の大学に編入してくるので来月に会う予定です。」と答えた。

私の答えを聞いて岩戸教官は「そうか…。」と言ったあと、私の目をしっかりと見て「ノリト、根回しだけはしっかりしとけよ。」と言った。

この言葉に岩戸教官の言いたいことの全てが詰まっていたと思う。

私と岩戸教官2人の話が終わり、岩戸教官が周りで静かに話を聞いていたアキラたちに「津野たちはこの事知っとったんか?」と話を振るとアキラたちは待ってましたといわんばかりの勢いで話始めた。

「僕たちは、初任科卒業の少し前くらいにアメリカ人とLINEしているというのを聞いたのが最初で、その時めちゃくちゃ驚いたんです。」「本当ですよ、ガチで惚れてるみたいなんでノリに任せてます(笑)」と口々に好き勝手なことを岩戸教官に話して盛り上がっていた。

私が「お前ら好き勝手なこと言ってんじゃねぇよ!」とアキラたちの静止を試みていると岩戸教官が嬉しそうな顔で「ノリト、こいつらが同期で良かったな。」と言った。

私は照れながら「いや〜どうなんすかね(笑)」と答えたが、心の中ではこいつらが同期で本当に良かったと思っていたし、岩戸教官が初任科の担任で本当に良かったと心底から思っていた。


初任補修科卒業旅行の翌週、晴れて初任補修科を卒業することになった。

初任補修科の卒業式は、初任科ほど大掛かりなものではなくあっという間だった。

卒業式後はバタバタとしていた。

帰る準備しながら「また飲み行こうや」とか「また連絡してや」と別れ際の会話をしていた。

一線に出ればこうして同期全員が集まることは殆どないだろうし、こうやってワイワイ騒げる機会も殆どないだろう…と思うと悲しく感じたが初任科の時とは違い、涙は無かった。

何故なら、現場に早く戻って取り組みたいことがたくさんあったからだ。

私は「同期の誰よりも頑張って、一番乗りで専務に入ってやる!」と決意新たに警察学校を後にするのだった。

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