第21話 エイミー
警察官は、誰と交際しているのか、結婚するのか?という情報(身上報告)をしなければならない。
この身上報告を元に関係部署が相手方を調査するらしいのだが、もし相手方の親族や関係者に反社会勢力と関係がある等の警察組織にとって何らかの弊害になることが発覚すれば、進退問題や交際解消を促されるという話を先輩方から小耳に挟んでいた。
実際、それによって退職や交際解消をした人がいたという話も聞いていた。
若手職員だと報告しない人も多いが、上司が面倒臭い人だった場合、報告していない交際が発覚しようものなら、それだけで叱責されたり面倒臭いことになっていた。
(個人的な意見だけど、必要な理由も理解できるが、報告すると無駄な詮索する奴が多いから報告しない人が大いんだと思う…。信頼できる上司だったらそんなもん無くても報告するし…。)
とは言え外国人はどうなのだろうか?
気にはなっていたが、そんなことを聞いてあらぬ疑いを掛けられるのも嫌だったので、周囲の先輩や上司には聞けずじまいだった。
とりあえず私の場合は、何が何でも今は組織に報告すべきではない…報告するためにはもっと情報と準備が必要だった。
いくら初任科を卒業したとはいえども初任補習科を控えている半人前である。
そんな危うい立場で「外国人と交際している」という話を口外してしまえば、どうなるか分かったもんじゃ無かった。
ましてや私とエミリーの関係は「一度も会った事なく、出会ったキッカケは、オンライン上のペンパルサイトです。」なんて言う話を一般人ですら、信じられないだろうに警察組織がいい反応をしないのは目に見えていた。
何にせよ警察という性質上、保守かつ封建的で外国人に対する反応が言いわけないのは明白だった。
身上調査や上司との定期面談の際に聞かれる「交際相手は?」と言う質問に対しては必ず「いません」と答えていた。
その度に上司から「ええ人おらんのか~?」とよく言われていた。
上司や先輩たちから女性の紹介の話もあったが、「今は仕事で精一杯なんで、余力ないです。」と笑って誤魔化していた。
そういう話になる度に相手がいることを言おうかと思ったが、今はその時じゃないと自分に言い聞かせていた。
口外しないように気を付けて生活している時に事件が起きた。
それは刑事研修期間中だった。
私は、刑事一課の強行犯係で勤務することになった。
学校教官や周囲の方の話から刑事課は忙しいと言うのはよく耳にしていたが、これほどまで忙しいとは思わなかった。
交番の交代勤務と違い刑事課は普通の公務員と同じ月曜から金曜までの勤務であるが、毎日の残業は当たり前、宿直勤務に土日出勤などもあり、多忙な毎日だった。
そんなある日の宿直勤務時、覆面パトカーで管内の巡回に出た。
車内には、刑事研修中の指導者である大久保巡査部長と別班の強行係員である片山巡査長、刑事第二課知能犯係の沢田巡査部長が乗っていた。
巡回中の車内で世間話などをしている時、片山さんが「お前、彼女いんのか?」と質問してきた。
私は、一瞬どう答えるべきか言葉に詰まっていると片山さんが「その間は、おるんやろ!隠すなや~」と核心を突いてきた。
仕方がなく「います…」と答えるとそこから怒涛の質問攻めが始まった。
片山「どんな子なん?可愛いん?」
私「自分で言うのはアレなんですけど可愛いです。」
片山「お前のろけんなや笑 後で写真見せろよ。」「その子何歳?」
私「俺とタメで、21です。」
片山「どこに住んどん」
と次々に質問が飛んできた。
「どこに住んどん」と言う質問にまた言葉が詰まった。
「どう言ったらバレずにかわせるか」と考えていると「お前、どこに住んどるかで悩むことねぇやろ!何隠しとんな!」と笑いながら言うのだが質問の詰めの早さがまるで取り調べ…。
さっきまで黙って聞いていた後部座席の部長二人も「何か面白そうな話しとんな~」「泊班一緒なんやから隠し事したらいけんで~」と話にノッてきた。
車内は一気に取り調べ室状態になった。
ベテラン部長2人+来年巡査部長昇進が絶対視されているキレ者巡査長だから勝てるはずもない…。
というか普通の取り調べなら一対一または一対一+補助等であるのに一対三は卑怯すぎる…。
新任巡査にはキツすぎる状況だった。
誤魔化しても誰かが「えっ、おかしくね?」とツッコまれる状況で、まさに絶体絶命の局面だった。
「嘘を付けば付くだけ自分の首を締めるし、何より同じ宿直班の人たちの信頼を失ってしまってはこれからの勤務がしんどい…かと言ってこの人たちが教えても大丈夫な人たちなのかも定かではないし…。」とは言え、決断をする時間は限られていた。
もう、仕方ないから腹を決めて真実を話すことにした。
私が「アメリカに住んでいます。」と言うと片山さんが「は?」と言った。
それはそうだ無理もない。
後ろから部長が「留学してるってこと?」と聞いてきた。
私は「留学ではなく、アメリカ人なのでアメリカの大学に通っています。」と正直に答えた。
答えながら「この後どうしよう…。どんなリアクションがくるんだ。」と不安と緊張で頭がいっぱいになっていると。
片山さんが「え、待て待て。お前アメリカ人と付き合ってんのか?」「面白すぎるだろ、詳しく教えろや!」と想像に反したポジティブな反応で話に乗っかってきた。
後部座席の部長からは「アメリカ人とどこで出会うん?」「交換留学としてたの?」と質問がきた。
正直に「ネットです。」と答えると「会ったことはないですが」と言う話に行き着き私たちの交際関係への懐疑的な目と話が面倒くさくなるのは分かっていたため、ここは嘘をつくことにした。
私は「友達の紹介です。彼女が高校生の時に交換留学で日本に来ていまして、その時に友達から紹介してもらいました。」と答えた。
エイミーが高校生の時に日本に来ていたのは本当だ。
だから、少し本当を入れることによって自分の気持も100%の嘘よりは平常心に近い状態でいられるし、相手も信じやすいだろうと思った。
これが上手く行ったみたいで、何とか怪しまれること無く話が進んでいった。
要点警戒で車を停めた時、片山巡査長から
「へ〜面白いな、写真ねぇの?見せろよ!」
と言われ、渋っていると色々言われだすハメになったので、スマホに保存していた写真を見せることになった。
片山巡査長は驚くような顔をして「おぉ〜ガチの外人だわ。部長、ガチの外人ですよ。見てください」と言い、部長が「え、ちょい見せてみ。」と言いながらスマホを受け取り、皆して私のスマホを回し見していた。
沢田部長から「確かに間違いなく外人だな…名前は?」と聞かれた。
私は「エミリーです。」と少し恥ずかしそうに答えた。
すると皆で口を揃えて「エミリーねぇ〜確かに外人だわ」と言っていた。
沢田部長が「地域の係長には報告してんの?」と聞いてきた。
私は「まだ報告してないです。どういう反応が来るか分からないですし、課長と安全官が固いんで…。あと初補も控えてますし…。」とぶっちゃけた。
沢田部長は少し難しい表情をして「確かに今はタイミングが悪いかもな〜。というか外国人と交際してるってのが良いか悪いか何とも言えないな…。」
「昔、風の噂で中国人だか韓国人と結婚した人がいたとかって話を聞いたことがあるような気がするけど…その人が結局どうなったかは分からないしなぁ〜。何にせよこの組織には色んな人がいるから気をつけな。」とアドバイスをくれた。
そこから話は、私の交際への質問から警察組織における国際交際、国際結婚にテーマが変わっていった。
部長たちの話を聞きながら、今後の身上に対してどう対応すればいいのか考えることが出来た。
最初は、エミリーの話をするのは嫌だったが、話が終わってみれば刑事部門目線での国際交際、国際結婚に対する意見を聞くことができ結論として「この人たちに話して良かった」と思えた。
あと、警察組織に外国人との交際を意外にもポジティブに考えてくれる人たちがいることも分かった。
巡回後、警察署に戻り晩御飯を食べ、給湯室で片付けなどをして刑事課に戻ると泊まりの勤務員が皆こっちを向いていた。
宿直班の輪に近づいて「え、どうしたんですか?」と私が尋ねると「ノリト〜、お前アメリカ人と付き合っとるらしいやない。」と1人の係員が言った。
私が「え、なんで知ってるんですか?」と驚いていると奥で片山巡査長たちがニヤニヤしていた。
これは片山さんたちが教えたに違いないと気付き「片山さん、皆さんに教えたんですか!」と詰め寄ると「こんな面白い話、共有せんわけにはいかないだろ。笠原班長に隠し事なんてしていいわけないだろ!」と言われた。
笠原班長とは私の宿直班の班長の方で組織犯罪対策課(マル暴)の方だった。
マル暴だった岩戸教官から「赴任したら直ぐに挨拶に行けよ」と言われていた方で見た目は岩戸教官の様ないかにもという風貌では無く、ガタイのいい白髪混じりの面白くて優しい方だったが目が滅茶苦茶怖かった…。
(影で裏署長と言われるような人だった。)
笠原班長から「おい、エミリー」と呼ばれだしたのだが、これはもう仕方がないと思うことにした。
というのも私は、将来の部署希望の中にマル暴も含まれており、笠原班長の機嫌を損ねるわけにはいかないと思っていたからだ。
だから私は、「そうなんですけど、内密にお願いします。」とお願いすると片山さんたちに「お前が指示する立場か!」とツッコまれた。
体育会系のノリに慣れている私にとってこのイジりは別に居心地が悪いわけではないが宿直班以上に広まり、もし地域課にまで波及したら死ぬほど面倒くさいので「お願いだからそれだけは止めてくれ」と願っていた。
この日の宿直は、逮捕事案も無く良い泊まりだった。
何もなかったので「順調に行けば昼頃には帰れる。」と思いながら朝の掃除をしていると「おーいノリト!ちょっと来いよ!」と強行3係の山崎さんに呼ばれた。
私が「山崎さん、おはようございます。どうしたんですか?」と言うと、山崎さんは「エミリーの写真見せてくれよ」とニヤニヤしながら言った。
まさかと思い山崎さんの向かいに座っている片山さんを見ると片山さんがこれまたニヤニヤしながら「どうした?」と言った。
私は「あーこれは広まる。」と片山さんに教えたことを後悔するとともに他方に広がらないこと願うのを諦めることにした。
この日から私は刑事課でエミリーと呼ばれるようになった。
刑事研修が終わり地域課に戻ってからも刑事課に書類訂正などで行く度に「エミリー、元気か?」とイジられる有様だった。
意外にも刑事課以外にはこの話は広まっておらず刑事課だけで収まっていた。
その点に関しては、片山巡査長たちに感謝をしている…。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます