第三十四話
それからは責任のなすり合い、見苦しいばかりの泥仕合がはじまり、その光景は、延々と続いていたが、疲れ切った彼らは、とりあえず、「比叡山に行ってみるか?」そんな風に話はまとまって、そうと決まればとばかりに、全員は旅支度をはじめ……
と言っても、桜姫たちは、基本、運んでもらうつもりであったので、ほどよきカゴや箱を探していただけであるが。やがて数日後、
***
「桜姫が乗せてくれれば……」
“弐”は、ふと、そんなことを口にしていたが、「そんなに早くつきたいなら、乗せてやってもよいが?」そんな風に暗い声でカゴの中から返事を返されると、「
「こう、ここに、
「ふんふん」
休憩の間、桜姫は、カゴから出てくると、
その神社には、
彼女が暗かったのには、そこにまつわる、もうひとつ訳があったからである。
「…………」
『いまからでも遅くはない。わらわひとりだけでも、どこか遠くへ逃げて……』
「桜姫さま、いかがなさいましたか?」
「えっ!? べ、別になんでもない! あの、その、ひ、比叡山にゆくなら、
「はい……?」
「な、なんなら、
「…………挙動不審。まだなにか隠しているな?」
“伍”が相手ではあるが、妙に親切なことを言い出した桜姫に、“六”は怪しみを隠せずに、そんな言葉をぽろりとはいていた。
そして、そんな“六”の言葉は、大当たりだったのである。
桜姫こと長公主“ ”は、この日の元にある国へ潜り込む、もとい、入国するにあたり、紹介状が必要と言われてしまい、大慌てで周りの気配を探り、「同じ龍神仲間ではないか? 実は、わらわは、あ――で、こ――で、この国のたみを少しでも、どうのこうの……」そんな、実に殊勝なことを言って、
額に浮かぶ梵字、「ナウ」は、難陀竜王の御印であり、彼女が、この国で暮らす正当性の証明であった。
「おや? おやおやおや? そこにいるのは、あのときの、やんごとなき、素晴らしい心根をお持ちの、長公主さまでは、ございませぬか?」
「ひ、ひさしいのう……」
『ちっ! 目ざとい女だ……。さっそく見つかったらしい』
桜姫は、暗雲が垂れ込めだした空から舞い降りる、優美な黒い龍が、人の姿に変化して舞い降りてくるのを、やや、忌々しげに見上げていた。焼けただれた半顔でありながら、ひと際に美しい龍女であった。
「あれ? そなた、その顔はいかがした……?」
「はっ、白々しいにもほどがある。あの日、比叡山の鬼門が焼け落ちたとき、わらわは、火を沈めようと、かの地に向かい……あの祟り神にしてやられたわ……」
「あの神?」
「真白の神である。そなたと深い仲なのであろう? 全神連では、ウワサになっているそうであるが……?」
『美しく白い神……あの、真白の神に、してやられたわ!』
長い黒髪の龍女は、静かな怒りを、彼の身代わりとばかりに、桜姫に向けていた。
「ご、誤解! それは、誤解である! 確かに不義理はいたしておったが、わらわは、この地になじめずに、暗い槍の中で痛みに耐えながら、じっと、この国の空気になじむまで、
「…………」
『額のあれ、入国の許可証明だったのか……』
周囲を取り巻いている陰陽師たちは、まだまだ、自分たちの知らない世界があるんだなと思いながら、関係ないことには、首を突っ込まないでおこう。
そう決めて“伍”以外は、異国の龍神であるらしい、桜姫の心配もせずに、
「水ある?」
「そこにあるけど、桜姫に浄化がもらわないと、少し危ういかもね……腹に気をつけろよ?」
「えっ!? あっ! 桜姫、頑張れ! 無実を証明するんだ!」
ノドが乾いた彼らは、急に彼女を応援していた。現金な話である。
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