第二十九話
驚いた真白の神を、桜色の稲妻のような光が襲う。
彼をとりまいていた、
「紅姫……そなた、一体なぜそのような姿に……」
「ほほほ……このような姿で、挨拶もできず、お恥ずかしい限り……」
「
「そなた、おのが眷属を踏みつけてでも、その意思を通すというのか……」
桜姫は、唖然としていた。
紅姫、
桜姫は、ふと自分の過去を思い出し、心の奥底から怒りがこみあげて、本来の姿に戻って、この寝殿ごと吹き飛ばしてやろうかと思ったが“伍”の姿は相変わらず見えず、その存在を示す僅かな気配だけが漂っていた。
それゆえに、すこし
『宝は絡めとられた中に』
紅姫の視線の先には、銀の網で絡めとられた、「
「そなた、いつか、いつの日か、必ず破滅するぞ……そなたの横には、死神がついておる方が、よほどに相応しい……」
「はっ、神につく死神なぞ、おる訳がなかろうて!」
桜姫の滑稽な言葉に、真白の神が皮肉気な口調で、そう答えていると、彼女は袴の間に挟んであった小さな黒光りする檜扇を取り出して、ニヤリと笑い、死者すら復活するヒフミの
「……いでよ、死者、死神の世界をすべる者よ! そなたに預かりし“神へ憑く死の舞踏”を、長公主、“ ”の名の元に、いまこそ解放する! いまこそ現れ、そこな無礼者に憑くがよいっ!」
「なっ!!」
『承知つかまつった……龍の姫君よ……我を解放してくれた礼を……あらためて申す……さらば……御身、いましばしは、幸多き時を刻まれるように……』
桜姫は、死神へ向かって、実に愛らしく、花のように笑うと、目の前にいる真白の神へと飛んで行った、死神を見送り、「
そして彼女が檜扇から出した死神がつかさどる“死の舞踏”とは、本来、いかなる身分や貧富の差にかかわらず、死神によって、「人」にもたらされる、「無」を、表現した言葉であったが、確かに神々の世界にも、「死神」が存在しており、彼らは、いかなる世界にも属さずに、密やかに天の世界を巡りゆき、ときには「信仰者」を失った神々ですら、その腹の中へと吞み込んでいたのである。
「ええい、うっとおしい! 離れよ無礼者! あまたの信仰者を抱える余が、そなたに憑かれる覚えはない! 離せ!!」
「信仰者多き……それもまた、いつも我が取り憑く神が、不遜にも口にしたセリフよ……」
檜扇に潜んでいた死神は、相手かまわず……そう、それがたとえ、祟り神である「真白の神」であっても、離すことはできなかった。そして、死神の王は、彼の
***
寝殿をあとにした桜姫が、梅竹丸が用意した
「桜姫さま!」
「姫さま! よくご無事で!」
「重い! 重すぎる!!」
「すぐにお助け申し上げます!」
「せ――のっ!」
そして、「
なお、この騒ぎで無理矢理、桜姫が「鉢」から出て来たことによって、「鉢」がふたつに、ぱっくりと割れてしまい、「そうめん」は、二度と湧いて出ることがなかったので、桜姫もやはり寝込んでいたのである。
しばらくして、鉢が割れたことで、心に深い傷を負った桜姫が、御殿飾りの中で、まだ寝込んでいると、ようやく起き上がれるようになった“伍”が、心配そうに、外から声をかけていた。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫なものか……そなたのせいで、わらわの、わらわの大切な大切な鉢が……」
「すみません……でも、ありがとうございました……桜姫のお陰で、ここに戻ってくることができました」
「ふん……もう元気そうじゃの、紅姫ともなにやら仲が良いようであるし、その様子であれば、助けにゆかねば良かったかもしれんの……?」
桜姫はそう言いながら、それでも、差し出された“伍”の手のひらの上に、ひょいと乗ると、もう片方の手で差し出された、「ひろき餅」と呼ばれる菓子の皿に目を輝かせ、もうすっかり“伍”からはじまった大騒動を忘れたように、いつも用意されている小さくて豪華な畳に座ると、小さな自分と同じくらいの大きさもある餅を、うれしそうに食べていた。
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