第二十六話

「“伍”——“伍”はどこへ行きやった?」

「探してみましたが、どこにもおりませぬ……外へ出かけたのかもしれませぬが?」


 桜姫と一緒に、小さな花の女房たちが、散々探し回ったけれど、呪いのやかたの中に、彼の姿はなく、結局夕方まで「鉢」は空のままで、螺鈿らでんの君と、天藍てんらんの君は、それぞれの女房に碁石を抱えさせ、しばらくの間は時間つぶしとばかりに、囲碁をしていたが、飽きてしまったらしく、「また明日にでも……」そう言って、元の笛の姿になって、箱に収まっている『四君子しくんし』を引きずりながら、蔵へと帰って行った。


 夜の訪れが空を、じわじわと染め出した頃、さすがに心配になった桜姫は“伍”を探しに、外へ行ったものかどうか、畳の上で悩んでいると、正門のあたりで物音がする。


「なんじゃ心配かけおっ……ああ“弐”か! 用はないぞ、行ってよし!」

「どうかしました? わざわざ正門までくるなんて? なにも、おいしい物は、持っていませんよ?」

「そんなつまらんことではない! “伍”がいなくなった!」

「はい?」

「だ——か——ら——“伍”がいなくなった!」

「え? 桜姫のお世話係なのに?」

「……なんじゃその言いようは? もう、そうめんを出してやらんぞ?」

「いや、いやいや、それはちょっと! 明日も大口の注文が……大切な桜姫さまを置いて、一体どこに行ったんでしょうね?」


 そんなこんなで“弐”や、他の陰陽師たちも“伍”を探して、あちこちに手を尽くして、探してみたが、“伍”の式神を作って踏んづけても、反応はなく、彼の姿はまさに、「煙のごとく」消えてしまっていたのであった。


***


〈 時系列は、桜姫が四君子しくんしたちと騒いでいた頃に戻る 〉


 とんでもないことになっている……。


“伍”がそんなことを思いながら、大騒ぎをしている小さな神さま? たちを、沈痛な表情で見守っていると、無表情な式神の女房が、客がきたと自分を呼びにくる。


「客……?」


 今日はそんな予定なかったはずだけれど……。


“伍”は一瞬、桜姫に声をかけようと思ったが、もう、とんでもない大騒ぎになっていたので、「まあすぐに戻ればいいか」そう思って、寝殿から牛車を置いたりする、車宿くるまやどり、使用人のさむらいが詰める侍廊さぶらいろう、警護の随身がいる随身所ずいじんどころなんかがある東の中門へ向かって行った。


まあ、警備の侍や随身なんて、いないんだけれども、牛車で来たと聞いたので、そちらに向かったのである。


 東の中門へ近づくと、車宿くるまやどりへ、牛を入れようと苦心している牛飼い童と、供人がふたり見えた。牛車と、随行する人の数を見るに、そう気を遣わなくてもよい身分のようで“伍”は内心安堵していた。


 牛車は、網代車あじろぐるまと呼ばれる屋形を、竹の薄皮で斜めに網代を組んで、なにやら見たことのあるような模様が施されている。


『屋根が竹……殿上人ではあるが、公卿ではない……』


“伍”は、そんな判断をして、じっと表に描かれた、見たような模様を見つめていたが、どうしても思い出せず、きっと内裏で見たんだろうと思い、式神の使用人を出して、牛を車宿くるまやどりへ、入れるのを手伝おうかと思ったときであった。


 先程まで牛を相手に苦心していた、牛飼い童が、こちらを、ぎょろりと見たかと思うと、うすく笑みを口に浮かべ、気がついたときには“伍”は、網代車あじろぐるまの中へと閉じ込められていたのだった。

 声を上げても、外には聞こえないらしく、代わりにとでも言うように、外から声が聞こえてくる。


「わが名は老松大明神おいまつだいみょうじん、雷公の眷属である」

「あ……!」


 屋根に細かく描かれていたのは、梅の形に丸が五つ、そして中央には、おしべとめしべを抽象化した逆さの五角形。そう、それは、「菅原道真・雷公」の紋であった。


「ああ――っ! いまごろ思い出したっ!」

「間抜け……もう遅いわ……」


 老松おいまつは、供人に変化していた鬼たちに合図する。


 すると、彼らはみるみるうちに、元の姿に戻り、牛もいつぞやの「百の神による夜行」にいた、牛の形をした、なにやら水の塊のような、透明の袋に覆われ出して、骨が透けて見えるケモノに姿を戻し、一行は、空に舞い上がると、ふつりと姿を消していたのである。


***


〈 再び呪いのやかた 〉


 空になった「鉢」を前に、桜姫はポツンとひとり、真夜中の寝殿で、小さな小さな脇息にもたれて、落ち込んでいた。


「さてはて、どこに行ったのか……」


 四君子しくんしの相手など、どうでもよかったのに……。

そうめんのなくなった鉢には、水だけが残り、そこには真っ暗な夜と、小さな星の光が映っていた。


「親戚であるわれらが、ご迷惑をかけたばかりに……」

「お気に入りのしもべが消えてしまったとか……」

「あ、お前なんとかならぬのか?」

「え?」


 “空を駆ける龍の鳴き声”『龍笛りゅうてき』、蘭菊丸に、「なんとかならないのか?」そうたずねられたのは、“あの世の音”そう称される『能管のうかん』の化身である梅竹丸であった。


「“伍”は、もうこの世には、おらぬのやも知れぬ……で、あらば、そなたの力を持ってすれば、なんとか話だけでも、できるのではないか?」

「う――ん……しかし、ここには、儀式ができる神器がないし……うん?」


 ふたりの目には、桜姫の前にある「鉢」があった。そう、どう見ても、この世のものではない、神が作った器が……


「「桜姫さま!」」

「な、なんじゃ! そなたらに用はない! さっさと蔵に入っておれ!」

「探し物を見つけて差し上げます!」

「え……?」


 飛び出してきた、豆粒くらいの小さなふたりは、ぴょんと鉢の上に飛び上がり、縁に腰かけると、梅竹丸が、なにか組紐のようなもので、自分の能管のうかんを、鉢に向かって吊り下げ、ブツブツと呪を唱えだしていた。


「……一体なにをしているのじゃ……あっ!」


 なんということであろう。水しかなかった「鉢」には、例の「牛車」が映っており、そのうしろに見える、雲の上の寝殿からは、たしかに“伍”の気配がしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る