第二十五話

「おっと……あぶなっ!」

「無礼者! そなたら、姫君さま方を、なんと心得る!?」


 ふたりは、ぼ――っと、やって来た“参”に、踏まれそうになって、大慌てで、高欄へ飛び上がっていた。


「ほほほ……許してやれ許してやれ。ほれ、ふたりには、螺鈿らでんの君と、天藍てんらんの君には、わらわのように、というモノがないゆえに……」


 桜姫は、驚くふたりの光景が、ことの他おもしろかったのか、機嫌がなおった様子で、いつも用意されている、畳の上に置いた、これまた小さな分厚い畳に座り、行儀悪く脇息を前に出して、両肘を乗せて笑っていた。


「「桜姫さま!」」


 そう、そんな、豆粒ほどなのに、超声のでかい『四君子しくんし』たちの姿と声を、すぐそばに見つけるまでは……。

 

「おわっ! 怨霊が出たぞ! だれぞ、だれぞ、はよう、怨霊退治を!!」

「怨霊ではありませぬ! 親戚の四君子しくんしでございます!」

「ようやく、お会いすることが叶いました!」

「わ、わらわは、親戚ではない! そっちのと、ただ声が似ておるだけじゃ!」


 桜姫は大慌てで『御殿飾り』に戻ろうとしていたが、残念ながら間に合わず、ふたりに、ガッシリと捕まっていた。豆粒のように小さな体とは思えぬ力であった。


***


 真白陰陽師ましろのおんみょうじたちは、憤慨している螺鈿らでんの君と、天藍てんらんの君の女房たちに、しきりに詫びてから、ふたりにも小さくて豪華な畳を用意して、「勝手にやってくれ」そんな感じで、台盤所から運ばれてきた、質素な台盤の上に乗っている朝餉を食べつつ、珍しく腰の引けている桜姫をしていた。


「桜姫のお子さまかな?」

「えっ……!? でもでも、桜姫は、まだ十歳くらいにしか……」

「わかんないよ――?」

「そうそう、深緋こきひは、うん、たしか数百年前には、内裏の宝物としてあったという文献を見たことがある。子の五人や十人、いや、孫とひ孫が、五十人程いてもおかしくはないぞ」

「おやまあ……」

「でもさ、未亡人だったら“伍”別に構わないよな? な? だから、早く、そうめん出してもらって! いますぐに!」

「え? いえ、いえいえ、僕と桜姫とは、そんな仲ではないです! それに、それどころじゃなさそうですよ!?」

「……残念だが、あきらめるか……」


 “伍”以外の真白陰陽師ましろのおんみょうじたちは、「じゃあ、今朝は、そうめんなしで! 関わりたくないしな……」そんな気配を消そうともせずに、「蔵人所の別当のやかたへ行って、仕事をもらってくる」そう言い残し、呪いのやかたを、みなであとにしていた。


***


〈 呪いのやかた 〉


一二三四五六七八九十ひふみよいむなやここのたり布瑠部ふるべ由良由良止ゆらゆらと……」


 祓詞はらえことばと共に、桜姫の前に置かれた「鉢」から、そうめんが沸き上がり出し、桜姫の姿を見てから、ずっと騒がしく姫君にまとわりついていた四君子しくんしたちは、鉢の様子を、目を丸くして、驚いた表情で見ていた。


 先ほどとは違い、今度は、四君子しくんしたちに、ひとり振り回されている桜姫を見て、檜扇を顔にかざしたまま、笑いをこらえていた、螺鈿らでんの君と、天藍てんらんの君も、「鉢」から沸き上がるそうめんに、目を丸くする。


「これが、おもしろおいしき物……」

「まさにまさに……」


 ふたりは人前で食事を取るなどと、いささか卑しいことだとは思ったが、膳を用意していた“伍”は、花の女房たち以上に、桜姫で手一杯な様子、とてもこちらに目を向けることはないであろうと、ふたりは、それぞれの女房たちが用意した膳にある「そうめん」を、小さな箸で一本ずつ、つまみ上げると、今度は“伍”が桜姫になれなれしいと、四君子しくんしたちが、騒いでいるのを無視して、実に上品にそうめんを、口にしていた。


「こ、これっ! そなたら! それは、わらわが出したそうめんぞ!? わらわを差し置いて!」

「おいしゅうございますね」

「まさにまさに……」


 桜姫は、騒いでいる四君子しくんしたちを無視したまま、平たい目で、ふたりを見ていた。


「そう思うならば、礼として、四君子コレを、なんとかせい!」

「あらあら……ほほえましい光景ですのに……」

「まさにまさに……」

「そなたら~~~~」


 桜姫が、そうめんが湧き出る鉢をぶつけてやろうか!? いやしかし割れてしまっては!?


 そんな風に、少し悩んでいると、天藍てんらんの君は、「ほう」とため息をつき、女房が捧げ持っていた自分の檜扇を手に取り、優雅に広げて空へかざし、『封じの呪』を、四君子しくんしに向かって唱える。


 するとどうであろう、四君子しくんしたちは、元の『龍笛りゅうてき』と『能管のうかん』の姿へと戻っていたのであった。


「やれやれ……やっと静かになった。すっかり朝餉が冷めてしまったではないか……」

「おもしろおいしき物……もっと出ませんか?」

「まさにまさに……」


 しかたない……桜姫がそう思って、再び祓詞はらえことばを唱えようと、鉢をのぞきこんだ、そのときであった。彼女が悲痛な声を上げたのは。


「そ、そなたら、最後の一本まで食してしまっておるではないか!」

「え……?」

「これでは、もう、鉢から、そうめんが出せぬではないか! おろか者たちが!」

「え……?」


 螺鈿らでんの君と、天藍てんらんの君は、桜姫に、そうめんは「一本でいいから、残しておかねば、またいちからゆがかねば、再び湧き出すのは無理なのだ」と聞いて、少しの間、困った顔を見合わせていたが、「それならば、先程の……ほら、アレに持ってこさせれば……」そんなことを言って“伍”にそうめんを、幾本か持って来させようと言いだし、桜姫も、「それしか手がないか……」と、つぶやいて、あたりを見回してみたが、大騒ぎの間にどこへ消えたのか、やかたから彼の姿は、ふっつりと消えてしまっていた。

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