第二十四話

 日々、そうめんで、みなが取りあえず、お腹がいっぱいになり、余裕ができたのか、「いいことを思いついた」そんなことを言い出した“弐”は、もっともっとと、桜姫に詠唱させて、作り出した“そうめん”を、どこかしらに、そうめんを持って行って、なにかしらと交換してくるようになり、食料の増えた、「通称:呪いのやかた」では“弐”と“伍”が、朝早くから台盤所で、朝餉の用意をしていると、なにか変な気配がしていた。


 ふたりは、顔を見合わせて、無言のまま、気のせいかもしれない。無理矢理そう思い込んでから、おそるおそる、食べ物を並べる、粗末な黒い台盤の上に目をやる。


『また変なのが出た……』


“伍”はそう思いながら、一応は丁寧に声をかけてみた。


「どちらさまですか?」


 台盤の上には、白と黒の水干の色以外は、区別がつかない、桜姫よりもまだ小さい、小さな角髪みずらに髪を結った、幼げなわらしがふたり、すっくと立っていた。


 ふたりは、童子水干姿どうじすいかんすがたと呼ばれる、丸い菊綴きくとじがふたつ付いた水干すいかんを、括袴くくりばかまと呼ばれる裾をキュッと絞った袴の中に着こみ、腰には太刀を携え、それぞれに手にしている、これまた小さな金色と銀色の扇子を振り回していた。


「われらは、四君子しくんしである。桜姫に捧げられたゆえ、こちらに参った!」

「こちらに参った!」

「はあ……」


四君子しくんし』とは、内裏でも有名な、国宝、二管で一対の笛の名前であった。


“空を駆ける龍の鳴き声”『龍笛りゅうてき』そして“あの世の音”そう称される『能管のうかん』の国宝『四君子しくんし』は、先日の神儀で、朝廷より『龍神』へと奉納されていたのである。


『不参!』


 あの未払い騒動の時に、そう“壱”が、言いきってしまったので、この、「呪いのやかた」には、儀式に際して、なんのお声もかかっておらず、ゆえに、なにも彼らは知らなかった。


「うちとは違う龍神だと思いますよ?(だから、さっさと帰れ)」

「うちには、尊き方をお世話できる余裕なんて、どこにもありませんよ?(もうこれ以上の面倒事は沢山!)」


 “弐”と“伍”のふたりは、内心を隠しながら、丁寧に豆粒ほどのふたりに、そう言ってみたが、彼らは当然のことながら、「人」なんかの言うことを聞くはずもなく、台盤から飛び降りると、止める暇もなく、寝殿の方へと走って消えていた。


「桜姫! 桜姫はどちらに、あらっしゃいますか!?」

「桜姫——!」


「ちょっ! 静かに! 声が、声がでかいっ! まだ、桜姫を起こすな! 最近、あの女は寝起きが悪いから、朝餉が出来るまで、好きなだけ寝かせておかないと……」


 その声に反応したかのように、寝殿の奥深く、中央にと鎮座している『御殿飾り』の上には、小さな黒い雲が湧きだしていた。


「炊き立ての米もなく、わらわの眠りを妨げるのは、なにものじゃ……?」


 朝餉でなければ、お前を取って喰らう……そんな、おどろおどろしい様子で、「まだ御髪が……」などと、まとわりついている、小さな花の女房たちが、慌てているのも気にせずに、桜姫は、御殿飾りの扉を、外れるほどの勢いで、大きな音を立てて、開けていた。


***


「え? なぜ、四君子しくんしがいる?」

「……帰ろうかしら?」


 眉をひそめて、そんな言葉を発していたのは、「最近、良き品を手に入れてのう、是非そなたも見てみぬか? おもしろおいしいぞ?」そんなことを、桜姫から女房越しに、昨夜のうちに伝え聞いて、「おもしろおいしい?」なんであろうかと、朝も早くから、寝殿をのぞきにきていた螺鈿らでんの君と、天藍てんらんの君である。


 天藍てんらんの君は、蔵に置かれた琵琶の中で眠っていたところを、元気有り余る桜姫に、先日たたき起こされていたので、しぶしぶ螺鈿の君と同じく、くつろいだ、しかしながら、やはり豪奢な、十二単の一種、「細長」と呼ばれる装束を身にまとい、女房を先導に、ついてきていた。


「うるさいわらしは好かぬ……」

「あれあれ、では、桜姫の“”は、どうなさいますの?」

「…………」


 天藍てんらんの君は、自分が満足するまで、誉めそやさねば、毎日毎日、蔵に押しかけてきては、自分が取り憑いている琵琶を、蹴り飛ばす勢いで、大騒ぎする桜姫を頭の中に浮かべ、ため息をつき、肩を落とすと、実に、優し気で麗しい顔を曇らせたまま、あきらめて螺鈿らでんの君に同行することにした。


『童も好かぬが、桜姫も童……いや、童以上にが悪い……』


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