第二十三話

〈 京・呪いのやかた 〉


「よし分かった! みな集まるように!」


 寝殿には、例の「鉢」を真ん中に、もう餓死寸前とばかりに、ふらふらになっている桜姫を手のひらに乗せて、心配そうにしている“伍”と、やはり腹の音か鳴りやまない、そんな陰陽師たちが集まっていた。鉢には水と一本の素麺が、ひょろりと水に浮かんでいる。


「たった一本の“そうめん”なぞ、なんの足しになると言うのじゃ……その元気のよさ、さては、そなただけ隠れて、なんぞ食ろうておるに違いない……」


 最近、顔が映るような、うすい粥しか食べていない桜姫は、お腹がすき過ぎて“伍”の手のひらの上で、文字通り、ぐったりしていたが、最後の力を振り絞ったかのように、か細い声で“壱”に向かって、毒づいていた。

 そんな桜姫の言葉を“壱”は、気にもせずに話しだす。


「最近ずっと、蔵で書物を読んで調べていると……どこからか、声が聞こえて来たのです」

「声? どうせ、螺鈿らでんの君か誰かであろう……」

「いや、聞いたこともない声で、その尊き声は告げたのです」

「……なんて?」


 やる気なく、ぼそぼそと“壱”と会話をしていた桜姫は、やはり投げやりに、か細い声で聞き返す。


「鉢に“そうめん”を一本入れ、桜姫に“ヒフミの祓詞はらえことば”を唱えさせよと……」

「え? わ……わらわ……?」


 お腹が空いて、できれば、声も出したくないのに……彼女はそんなことを思ったが“伍”が、あまりにも期待に満ちた目をしているので、その手の上で、なんとか立ち上がり、鉢の側へゆらりと舞い降り、祓詞はらえことばを詠唱してみる。


一二三四五六七八九十ひふみよいむなやここのたり布瑠部ふるべ由良由良止ゆらゆらと布瑠部ふるべ……なぜ、龍神のわらわが、このような……わっ!」


 そう、死者すら復活するヒフミの祓詞はらえことばは、鉢のせいなのか、桜姫のせいなのか、そこは分からなかったけれど、一本が二本、二本が四本、彼女が唱えれば唱えるほどに、“そうめん”が復活……もとい、倍々で増えてゆき、それを見た桜姫の祓詞はらえことばにも力が入りだし、やがて、鉢から“そうめん”は、あふれ出すほどになり、「おい、なにか入れ物! たらいかなにか、持ってこい!」そんな様子で、周囲が、どたばたするほどに、湧きだし続けたのであった。


「うむ……これは、すばらしい鉢である!」

「他の物も出ますかね?」

「どうかのう?」


 たらふく“そうめん”を食べて、ご機嫌であった桜姫は、物はためしと、米を一粒入れて、みなが見守る中、祓詞はらえことばを、今一度、詠唱してみたが、まったく米粒は増えなかった。


「“そうめん”限定みたいですね……」

「そうめん神社の賜り物ですもんね……」

「とりあえず、食うには困らんようになったな……」


 その頃、天の世界では、真白の神が、雷公に説教をされるわ、そうめん神社の神へ、お詫びのふみを書かされて、大量の卵まで用意させられるわで、大層悔しがっているのも知らず、桜姫は素敵な「鉢」を手に入れて、ニコニコ暮らしていたのである。


 どうやら、神の世界にも序列はあるようであった。


***


一二三四五六七八九十ひふみよいむなやここのたり布瑠部ふるべ由良由良止ゆらゆらと~~~~も一回っ! 一二三四五六七八九十ひふみよいむなやここのたり布瑠部ふるべ由良由良止ゆらゆらと~~~~はいはいっ! も一回っ!」


「……まだ、食べているんですか?」


“伍”は、毎日毎日、いつも、いつまでも、そうめんを食べている桜姫に呆れて、そんな声をかけていた。


「わらわの鉢じゃ、文句はなかろう? それに、そうめんなら、いくらでも入る! あっさりしておるからの!」

「最後の一本は置いていて下さいね」

「わかっておる、わかっておる……大切なそうめんであるゆえの。ほほほ……」


 それから、呪いのやかたからは、毎日この祓詞はらえことばと共に、檜扇を持った桜姫が、花の女房たちと、とにかく見た目は、夢のように美しく、優雅に舞い踊る光景が、しょっちゅう見られるようになり、この「鉢」のおかげで、食べ物に困ることがなくなったそうな……。


一二三四五六七八九十ひふみよいむなやここのたり布瑠部ふるべ由良由良止ゆらゆらと……』


「また、そんなところで昼寝を……」


 鉢の横でウトウトしている桜姫を見つけた“伍”は、優しい眼差しを彼女に向けて、そっと、寝殿の奥にある御殿飾りの中へ、彼女を運んでいた。

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