第二十話

 だれも近寄れぬようになっている“比叡山の鬼門”の壊れた扉につながる深淵の奥から、ふたつの銀色の光が扉をくぐりり抜けてゆく。


 真白の神が投げた「銀色の松葉」は、門の近くで、で命を落とし、焼き尽くされて、野ざらしになっていた髑髏のまなこに、それぞれ入ってゆくと、その

穴から強い光が放たれ、ふわりと浮かび上がり、それぞれに同じ武将の姿に変化した。


 松葉のふたりは、褐衣姿かちえすがたと呼ばれる装束をまとっている。


 かすみ色 で、細纓ほそえいの冠に、顔の左右においかけをつけ、ひとえに白い括袴くくりばかま、黒光りする太刀と、銀色に光る長い弓と矢を手にしていた。


 彼らは無言で、桜姫たちがいる御神体の神山がある、大和山国やまとのくにの方を向くと、軽々と空に飛び上がり、袖を風にたなびかせながら、神山へと一瞬でたどり着くと、山を避け、小さなふもとの村落へ舞い降り、やがて、あの水鏡に映っていたあやかしのやかたに近づくと、じんわりと染みこむように、塀から中へ沈み込んで消える。


 松葉のは“伍”と桜姫を探していた“弐”と“参”のふたりに、その姿を見とがめられたことには、気づいていなかった。


「いまの何者だ……?」

「少なくとも、まっとうな存在ではないでしょうが……この騒ぎを起こした者にしては、力が強すぎる……恐らく狙いは、あの大喰らいでしょうね……」

「桜姫か……」

「“伍”なんて、ひとたまりもないですよ?」

「“伍”がちりになる! 手遅れになる前に急がねばっ!」


“参”が、開かぬ門の前で、自分が使役する鬼神を使役して、扉ごと門を破壊し、ふたりで中へ押し入ると、やかたの奥から、『白狐の呪い』の気配がする。


 桜姫の声も聞こえた気がしたが、その程度の呪術師相手ならば、別に大丈夫だろうと、ふたりは先に消えた褐衣姿かちえすがたの武将を警戒しつつ“伍”を探す。


「お——い“伍”——どこに行った——?」

「あの馬鹿、余計な力は使いたくないのに……」


 小声ではあるが、酷い言われようである。

 武将とぶつかる前に、少しでも戦力を探そうと、ふたりが気配を探っても“伍”は、どこにも見つからない。


「しかたがない……」

「なにする気だ?」


 真っ白な式神用の人形ひとがたの紙を取り出した“弐”は“参”に返事は返さずに、人形の真ん中に“伍”の本名を、取り出した筆で、さらさらと書くと床に投げ落として、思いっきり踏みつけ、踏みにじっていた。


『痛い! 痛い痛いっ!』


「そこにいたか……」

「乱暴が過ぎるぞ……」


“伍”は、小さくされて、火鉢の横に置いてあった、餅の間に挟まれていたのである。ふたりは、見つけた餅から、“伍”を、無理やり引きはがす。


「痛い! 酷い! 痛い!!」

「うるさい、静かにしろ。ここのあやかしよりヤバいヤツが、いまここのどこかにいる……」

「!!!!」


 そんなこんなではあるが“伍”は、なんとか元の大きさに戻って、先輩ふたりのあとを、ヨロヨロと歩いていた。


「助けても、役に立たなかったような……」

「言うな……今更遅い……“伍”桜姫がヤバいぞ、力を振り絞れ……」

「やっぱり、書き込みしてて、よかったでしょう?」

「…………」


 その頃、空腹を抱えた桜姫といえば、やはり真白の神の予言通り? 白虎の女を軽々と仕留めたまでは、よかったが、案の定、松葉の武将たちに前後を囲まれて、窮地に陥っていた。


「ええい……普段であらば、このような、つまらぬ者ども、ひと息で仕留めてくれるのに……腹が空いて……力がでぬ……」


 元はと言えば、あの役立たずたちのせいだと、桜姫は「真白陰陽師」たちを思い浮かべながら、それでも、すべての力を集中させて、金色の蛇を巨大化させていた。


「“伍”……それか誰でもいいから、誰かおらんのか……いても、なんともならん気はするが……」


 桜姫を守るように、金色の大蛇が、まわりを、とぐろを巻いて、松葉の武将たちに、身を切り刻まれている中、姫君の意識はうっすらと、この世界から旅立とうとしていた。


***


 その頃、畏れと祟りの世界では、真白の神が、水鏡をのぞきながら、紅姫に、つぶやいていた。


「ちょっと、やり過ぎたかな? どうしようかのう?」

「なにをしたいのか、お考えが、まったくわかりませんが……」

「色々との……」

「はあ……」


 紅姫は、一応“伍”が最後のお願いをしてくるかな? などと思ったので、約束を果たすべく、大和国へ向かう用意をするために、姿を消そうとしたが、真白の神に咎められ、どうしたものかと考えを巡らせながら、彼の側に控えていた。


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