第十八話 

 そうめん神社は、由緒正しい、いにしえ神がまつられ、農業、工業、商業などの産業開発、 方除ほうよけ、治病、造酒、製薬、禁厭まじない、交通、航海、縁結、世の中の人間生活の守護神として尊崇そんすうされ、その歴史的経緯から、医薬の神様や酒造りの神様としても広く信仰をあつめ、わざわいをなす精霊ものすら鎮しずめ、厄除け・方位除神様としても厚く敬うやまわれていた。


 そんな由緒正しくも、神意なる神の御神体である神山を、大急ぎでかけ下りた真白陰陽師たちは、ようやくたどり着いた社務所で、ことの成り行きを詳しく聞いていた。


祝詞のりとを間違えて、封じられし、わざわいを成す精霊ものが、あらわれた?」


 祝詞というのは、神への祈りであり、儀式で奏上する言葉であり、一言一句、間違えることは許されないものである。このように由緒正しい神社で、まず、起こりうる話ではなかった。


「その、間違え……からして、怪しいですね」

「しかし、なんにでも効果がある神社じゃのう。広いし……仕えている者が、ちと、頼りないようじゃが……」

「しっ!」


“伍”は、不審そうな神職から、桜姫が入っているカゴを素早く隠すと、一緒に来ていた“弐”と“参”にあとは任せ、用意されていた近くの宿とやらへ、先に行くことにした。


 一の鳥居をくぐり、しばらく歩くと、聞いていた通り、このあたりの荘園を管理している国主が用意してくれた、小さいながらも行き届いたやかたへ、ようやくたどり着く。


「もういいですよ」


 そう桜姫に声をかけた。


「やれやれ……今日は酷い目にあった。重たい荷物(“伍”たち)は運ばされる、カゴはふりまわされる、しかも、まだなにも食べていない」


 花の女房たちは、京へ置いてきたので、桜姫は、ひどく疲れた様子で、用意されていた一番の上座、分厚い畳に置かれた、座布団の先祖のような、美しくても平べったい、しとねの真ん中に、さも当然そうに転がると、「夕餉ができたら起こしてたも……」などと、言い終わらないうちに、夢の世界に旅立ってしまった。


 口にはしないものの、大きな龍になるのは、いまの彼女には、かなり負担なのであった。


「…………」


 そんな桜姫を“伍”は、しばらく見ていたが、そっとその場を離れると、やがてやってきた手伝いらしき下働きに指示を出しながら、“弐”たちがやってくるのを待っていたが、彼らがやってくることはなかった。


 ***


 そのころ、“伍”が待っていたふたりは、用意された『本物のやかた』で顔をしかめていた。


「あいつ、どこに行った?」

「……いやな予感しかしない」

「先に準備しておくか……あれ? 筆がない。“参”筆貸してくれる? どうせ自分で書けないし、いいじゃないか!」

「~~~~」


“弐”と“参”のふたりは『一字一妙の秘法』と呼ばれる、簡単に言ってしまえば、九字切りの威力を上げる秘術で、左手に『切』という文字を特別な念のこもった墨で書き、本来であれば、右手を握りながら、七回詠唱するはずの呪文を、狩衣をまくり上げ、そちらも、それぞれの右手に七回分書き込む。


 この墨はしばらくの間、彼らの腕の上に文字をくっきりと浮かべていたが、やがて沈み込むように、腕の中に消えで行った。


「こういうことは、あまり“伍”には覚えて欲しくないですけれど……」

「なんで? うるさいこというなよ、これができること自体、俺らが凄い証拠なのに?」


 使える能力は使う、それが“弐”の身上であった。


 そんなふたりの言葉が示す通り、“伍”が入り込んだのは、わざわいをなす精霊ものと呼ばれる、いわゆる『妖・あやかし』の腹の中であった。


 ***


『オカシナ者ガ、ヤッテ来タソウナ……』

『美味ソウジャ、美味ソウジャ』


 神聖なる神山に紛れ込んでいた『妖・あやかし』は、里に降りていた仲間からの知らせを受けて、夜の闇に紛れ、次々と里へと下りてゆく。


 はからずも彼らの狙いは、“伍”ではなく、疲れ切ってスヤスヤと眠る桜姫であった。





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