第十七話 

〈 真白陰陽師ましろのおんみょうじたちが住むやかた 〉


「え? 大和国やまとのくに(奈良)へ行く? 行ってくれば? あ、でも、その間、わらわの食事は、誰が用意してくれるのじゃ?」

「~~~~」


 とある日の朝、そっと自分に話しかけて来た“伍”に、昭和の企業戦士も真っ青のセリフを口にしているのは、もちろん、この呪いのやかたに“世話になっている”ここのところ、まさにとなっている桜姫であった。


 彼女は、氷のように冷たい視線が、周囲から注がれるのも、まったく気にしていない様子である。


「あのさ、ここはひとつ、大きな龍になって、大和国やまとのくにまで乗せて行ってやろうとか、思わないわけ?」


 何杯目かのご飯を茶碗に盛り、桜姫に手渡そうとしていた茶碗を、差し出される手に乗せるを、思わずやめて、あきれた表情をしているのは、炊事係の“弐”である。


「なぜ? わらわ、ここで留守を、守ってやっているから、さっさと行ってくれば? 国中の米を食べつくしてかまわんなら、考えてやってもよいが? この国の姫は、出歩かん方が、よき姫だと聞き及んでおるが?」


『それを言うのなら、食は細ければ細い方が、素敵な姫君とされておりますが……』


“伍”は、そんな言葉を胸の中にしまうと、ぼそりと奈良の名物を口にする。


「そうめん食べ放題なのに残念ですね……」

「なにっ!? そうめん食べ放題とな!?」

「毎年、そうめんの相場を占う神事、卜定祭ぼくじょうさいが行われる「とある神社」で、なにかあったようで、至急呼ばれているのですが、行きたくなかったら、仕方ないですね……」

「いや……なにも、絶対に嫌だとはいっておらんぞ? べ、別に、今回だけは特別について行ってやらんこともない! あの、のど越しは素晴らしい……うん、よかったら、大和国やまとのくにまで、わらわが乗せて行ってやろう。京まで頼みに来るとは、よほどのことであろうから!」


“弐”から茶碗を奪い取った桜姫は、さっさと朝餉をすませると、花の女房たちに、急ぎ旅支度をするようにと命じていた。


「アイツ、桜姫の扱いに慣れてきたな……」

「そうめん食べ放題とか文に書いてあったか?」

「……どうだったかな?」

「……切れ端くらいなら、いくらでも食べさせてもらえるかもな……」


 それからすぐ、翌日のことである“伍”たち一行が、大和国やまとのくにに降り立っていたのは。


「さすが龍神ですね!」

「わらわが本気を出せば、これこの通りである!」


“伍”たちを乗せて、大和国やまとのくにまで、ひょいと空を飛んだ桜姫は、疲れたのか、小さな姫君に戻り、いつものカゴの中に潜り込んで、静かに眠っていた。


「それにしても、ここはどこだろうね?」

「さあな……」


 そうめん神社こと、とある神社の御神体は、大和国にある山であり、拝殿どころか、その奥にあるここに入る前に参詣するべき、三ツ鳥居をすっ飛ばし、桜姫は神山に舞い降りていた。無礼ここに極まれりである。


「うわぁ……この山の全ての命には、神が宿っていると……」


 案の定、周囲の草木や岩、そして土くれの間かからも、なにやら怒りを含んだ『気』が流れて来ていた。


「やり直し! もう一回やり直し!」


 カゴをひっさげた“伍”をはじめ、陰陽師たちは、素早く“呪”を詠唱しながら、周囲からの邪気、もとい神の正しき怒りを回避しつつ、大急ぎで山を下っていた。


***


〈 真白の神を頂点とする畏れと祟りの世界 〉


「お腹痛い……」

「食あたりですか?」

「おもしろ過ぎて、笑いすぎたのじゃ……」

「では、そろそろ働いてください」

「…………」


 翡翠でできた鉢にある水鏡で、桜姫を覗いていた真白の神は、大和国の騒動をしばらく眺めていたが、雷公にせかされて、しぶしぶと地獄の窯に、捕らえた魂を封じる仕事をしていた。


「臣下のくせに、余への扱いが酷い……」


 血塗られた地獄の窯の底で、真白の神は白皙の美貌を、炎で照らし出されながら、白地に銀色の字模様の入った直衣を、吹きあがる血で染め上げつつ、この世界にある社務所で、なんだかんだと忙しそうではあるが、涼しいところで仕事をしているであろう雷公に、彼は愚痴を垂れこぼしていた。


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