第十六話

〈 真白の神を頂点とする畏れと祟りの世界 〉


 平安京を、空の上に丸ごと浮かべたような、しかしながらまるで違う世界、『畏れと祟りの世界』の内裏に住む「真白の神」は、自分の暮らす清涼殿から機嫌よさげに庭をながめていた。


 この世界はすっぽりと包まれた、硝子のような球体の中にあり、いつわりの月、いつわりの太陽が、真白の神の力で昇り降りし、ゆっくりと季節が流れている。


 藤の花が咲き乱れる庭先には、ひと抱えもあろう金色のかまが置いてある。時折、赤や蒼の光を放ちながら、ひび割れた隙間から黒いなにかが、ぽたりぽたりと地面に染みわたり、しばらくモゾモゾとうごめいていたが、やがて真白の神がゆるゆると杓でさししめした方角へと消えてゆく。


 なにかが消えた方角を見ていた真白の神は、金色のかま、つまり桜姫が言うところのから、再びなにかが染み出ようとするのに気づく。

 彼が「調子にのるな」とでも言うように、その染みをひと睨みすると、出てこようとしたなにかは、大慌てでかまの中に消えて行った。


「いっそひっくり返した方が面白うごさりまするのに……」


 そう声をかけたのは、周囲の女房に手水を用意させながら、うしろに控えていた紅姫であった。


「それはそれで、素晴らしい思いつきであるが……」

「が……?」


「人の世界がつぶれてしまえば、我らの世界も我らすらも消え果てる。そなたは少し考えが浅い」

「失礼いたしました……あ……」

「おや雷公、早い出仕じゃのう?」


 真白の神が声をかける。『雷公らいこう』は、娘の紅姫に、とがめるような視線を投げる。


「われらは本来、祟り神……人が消えれば我らも消える……なにもかもな。それを忘れるな……」

「そうよ、我らは人として生まれ、死して祟り神となりし存在。さじ加減を忘れてはならぬ……」


 藤棚に風が吹き上げ、舞い上がったうす紫色の花びらが、金色のかまに降り注ぎ、やがて触れる前に消える。


「して、雷公、なにようじゃ? こんな朝も早ようから? 公主殿の件か?」

「……お察しのよいことで。公主殿の居場所を教えろと、矢の催促でございまして……いかがいたしましょうか?」

「…………ふむ。では、もう余が関与しておるのがばれたか?」

「は……」


 真白の神は、なにか“呪”をとなえると、雲のはるか下に見える龍の形をした島国に呪いをかける。するとどうであろう。先程まで晴れやかに、透き通るように見えていた龍の形をした国は、濃い霧に包まれていた。


「ほほほ……いくら龍とはいえ、差配違いの国に、許しなく入れば、かの国の八百万やおろずの神々を、相手にすることになる。そのくらいは心得ておろう……」


 深い考えがあるのか、ただただ、人の……否、よその神に嫌がらせをするのが楽しいのか? 雷公はどちらかと首を傾げて、しばし思案していたが、真白の神の言葉を受け、目の前を下がると、慇懃な態度で使者に会うと、形式的には、なんの問題もない対応をして、この世界から追い返していた。


***


〈 龍の形をした国にある、いつもの呪いのやかたの御殿飾り 〉


「ここは米蔵ではない!」


 自分の悪事を棚に上げて、検非違使が帰った、やかたの中では、乱れた髪を、花の女房に整えさせ、細長と呼ばれる十二単よりも、少しくつろいだ装いをした桜姫が、御殿飾りの前で文句を言い、案の定というか、なんというか、流石に全員に無視されていた。


 が、「そんな態度をとるなら、こちらにも考えがある!」桜姫が険のある目つきで庭に視線を向け、いきなり朱塗りの反橋が落ち、みなは眉間にしわを寄せたまま、片手を額にあてていた。


 このやかたは、あくまでも借り物、シェア寝殿。すべて壊されると思った“壱”は“伍”に、桜姫に、なにが悪かったのか理解させて、反省させるように言いつけて“弐”は「せっかくだから、もうもらっておこう。うん!」そんなことを言って、式神に御殿飾りから小さな米俵を、ぞろぞろと運び出させると、台盤所の薪の山の中に、米俵を隠していた。

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