第十五話

【前説・泰山府君祭たいざんふくんさい


泰山府君祭たいざんふくんさいとは、冥界の神に祈り、死者の寿命を書き換えて、よみがえらせる術です。(色々とはしょった説明)



【小話・小さな騒動】


『いつもの呪いのやかた、翌朝の御殿飾り』


 起こすまでは寝汚く寝ている。そんな印象の桜姫であったが、彼女の朝は意外にも早い。ややもすれば、世話をする花の精の女房たちの方が、起きるのが遅いくらいである。(彼女たちは、元が花であるので、朝日が出ていないうちに起きるのは苦手であった。)


 そんな桜姫がなぜ早起きなのかといえば、なぜであるというならば……台盤所から漂ってくる朝餉の支度の匂いのせいで、ついつい起きてしまうという、実にしょうもない理由であった。


 元々の朝餉は、薄い粥のようなものに、質素なおかずが数品。そんな感じであったのが、彼女がどこからか大量の米俵を蔵に持ち込み、「朝は炊き立ての白米が食べたいぞよ!」そんなことを言うので、まあ、自分で用意したのだからと、食事当番の“弐”は、お相伴にあずかれるので、文句も言わず、「炊き出しでもするのか?」そんな、どこからか持ってきた巨大な釜で、朝から大量の米を炊き、その匂いにつられて、桜姫はふらふらと自分の御殿飾りから出てゆくのだ。


「姫君! まだお仕度が――!」

御髪おぐしがはねておりまする――」


 小さな御殿の中は、毎朝大騒動であった。やがてお膳が用意され、上座の畳の上に、桜姫と大きな炊き立ての米が入った『専用特大おひつ』、小さな女房たち、真白陰陽師たちがそろうと、彼女は、しばらく無言でパクパク朝餉を食べていたが、十人前以上もあろうか? そんな大量の食事をすませると、もうそんな光景にもなれた陰陽師たちに、白湯を飲みながら声をかける。


「で、そなたらは“伍”が頑張っているときに、愛宕郡おたぎごおりでなにをしておったのじゃ? あそこは葬場であろう? 僧侶がゆくならわかるが?」


 まるっきり世間を知らぬでもないらしい……。


 “六”は、髪の端にご飯粒をつけたまま、一瞬首を傾げた桜姫に、チラリと視線を投げかけた。


「……大火の折に、どこぞの陰陽師たちが、泰山府君祭たいざんふくんさいで、命を救った者がおりまして……」

「どこぞ……?」


「ほら、“五”が酷い目にあった元、蔵人所の……」


 桜姫の美しい顔の眉が寄る。とはいえ、わらわは知らぬことになっているなと、そのまま黙って聞いていた。


「で、まあ、“五”でも大丈夫かな――って思うくらいの実力だったので」


 “弐”はそんな余計なことを言いながら、桜姫の『専用特大おひつ』が、案の定、からになっているのを確かめて、「おかわりはないですよ」と言いながら付け加えた。


「結構な数が、中途半端によみがえった死人になり切れぬ亡者になって、愛宕郡おたぎごおりに集まっちゃって……もう、大変な騒ぎだったんですよ」

「ふ――む……そなたらも大変であったのう……」

「こちらに『さかずきかぶり姫』が来てくれれば良かったのですけどねぇ」

「むっ! そ、それは、たまたま通りかかったから、しかたないことであろう!」


 “六”はそんなしょうもないやりとりを、平たい目で見ていたが、ふいに、やかたの門に、かなりの人数がやってこようとしている気配を感じ、何人かいるすべて同じ顔で無表情な式神の女房のひとりを向かわせるが、帰って来た彼女から聞いた話を、“壱”に耳打ちする。


「どうかしましたか?」


 右手を頬にあてて、沈痛な表情をしている彼に、恐る々々“伍”が内容をたずねる。


「桜姫……このやかたに持ち込んだ大量の米は……どこから持って来られた?」

「え……? そのへんの大きなやかた……余っていたみたいだったから」


「帝のおわす里内裏の蔵から、すべての米俵が消えたと……捜索の検非違使が来ております」

「…………ほう、偶然もあったものじゃ」

「…………」


 愛宕郡おたぎごおりの騒ぎで疲れ切っていた“壱”からはじまるすべての陰陽師は、変な汗を背中に流しながら、しばらく冷たい視線を桜姫に向けていたが、このままでは自分たちが咎人になってしまうと、全力を出し切って、蔵にしまっていた米俵をひとつづつ米粒ほどに小さくし、再び小さくなった桜姫と一緒に『御殿飾り』の中に米俵の山を詰め込んで、検非違使の目を盗むことに、あいなったのでございました。


「せ、せまいっ!」

「しっ! 静かにしていてください!」


『~平安に起きた小さな米騒動のお話~』



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