第十四話
【前説・
帝付きの陰陽師、
なお、現時点の
***
***
〈
「か、か、怪異じゃ――! 蔵の米俵やらなにやら、すべてなくなっておる!」
『ただの盗難じゃないのかな?』
職務にそう熱意もなく適当に占った彼は、なんとなく、うっすらとした人ではない者の気配を感じたが、早く家に帰りたかったので、それを黙殺すると、「盗難ですな」そつのない顔でそう言い、「検非違使所にご相談を……」そう言い置いて、定時になったので、
『五条大路での騒動』も知らず。
***
〈 場所は再び五条大路の向こうにある市場 〉
日も落ちそうな夕暮れ、立ち並ぶ市場の堅く閉じられた板戸には、新しく売りつけられた『災難よけの札』がぺたりと貼りつけられていた。
それをじっと見ながら、再びここにやって来た“伍”は、先日 “六”から聞いた話と、桜姫のことを思い出す。
『 公主殿 』
彼は、かの姫君が、そう呼ばれる身分であること、なにかしらの理由があって、姿を隠しているであろうことを、僕に教えてくれていた。
「なんぞあったらすぐに言え、見ていて危なっかしいからのう。大きな願い事は一回じゃぞ?」
それなのに、そんなことを言って、いままでの礼だと自分を呼び出す『呪札』をくれた、少し照れ臭そうな桜姫を、彼は絶対に呼び出してはならないと、天性のカンで感じていた。
『誰かから身を隠している姫君』
桜姫のことを考えていると、遠く向こうの方から、大勢の部下のような者たちを従えた、うす汚れた元、
「おやおや……だれかと思えば……誰だったか?」
「できそこないの真白陰陽師殿では?」
そのやりとりと共に、どっと笑い声が響く。
「……黙れ」
「なにか言ったか?」
“伍”が、なにを言ったのか、聞こえていなかったのか、聞こえないふりをしたのか、
『光の方陣』
この高難度の方陣は本来、現れた怪異や妖怪からの被害を、周囲が受けぬように、高位の陰陽師たちが、彼らの周囲を取り囲むのに、立ち上げるものであったが、なんの“
『
「ほう……ただの落ちこぼれではないということか……」
「しかし、我らを閉じ込めたとて、その先はどうする?」
「きさまを片付ければ、少しは別当殿も我らの大切さが、内裏にも分かろうというもの……」
今度は代わりに、
汚れを含んだ禍々しい空気をまとう、三本のねじれた角を生やす鬼のような存在。それは先だって彼が、
「なぜそのような存在がっ!?」
「……実力の違いかのう? 居ね!」
命の危険を感じた“伍”が“紅姫”に、最後のお願いをするかどうか迷っていた瞬間である。
桜色の稲妻が、彼の結界を突き破って現れたのは。
“伍”は、まったく気づいていなかった。この平安京にいるはずのない小さな『龍神』が、
「あなたは桜姫……!」
「そんな、はかなげで美しい姫君は知らん!」
「……あの……では、どちら様で?」
なにか考えているのか、じっと地面を見て顔を隠していた“
「無視するつもりか……“龍”と名のつく神であるのならば、わらわの気が短いのを知っておるな……ひい、ふう……」
三つ目を数えることを、“
この京の都には、ありとあらゆる地下に水脈が走り、彼女はその水脈を『破壊する呪文』を詠唱しはじめていたのである。
みるみるうちに、周囲に白い陰りが広がってゆく。するとどうであろう、地面からは、しわがれた声が聞こえ、小さな茶色い衣を着た白髪の老人が現れていた。
「……だれじゃ、わしの眠りの邪魔をするのは……こ、これは……! あなたさまは!?」
「黙れ! わらわの名を呼ぶな……
「…………」
彼は、荒らされた自分の住む『地下の世界』の乱れた水脈にうんざりし、本来の自分の姿である『土龍』の姿になると、彼女があごで指示した人と紙の群れを、片手でわし掴みにして、地面の中に再び戻り、『公主殿』に荒らされた寝床を元通りに直して、再び眠りについた。
この間の人の世界の騒動に、先日、頭上を通り過ぎた『畏れと祟りの世界』の巡行、土中に落ちて来た僧侶のなれの果て、関わりたくないことだらけである。彼は、静かに伏せてゆるりと暮らしたかったのである。
***
〈 呪いのやかた 〉
「で? 結局、お前はなにしていたの?」
“弐”は、しゃもじで鍋をかき混ぜながら、帰って来て、膳を運んできた“伍”の方に顔を向け、無遠慮な口調で、市場での騒ぎの結果をたずねる。
「……えっと、いままでできなかった結界を、無詠唱で張れるようになりました!」
「あれだけ“四”が教えても、一回もできなかったのに!?」
「は、はいっ!」
それからふたりは、遅い夕餉の膳を運んでいたが、やはりまた碁盤を囲んでいた“参” は、複雑そうな“四”に、慰めの言葉をかけていた。
「十回の稽古より、一回の実地というではないか」
「…………」
無詠唱の方陣の出し方を“四”は、何十回となく“伍”に教えても、彼は教え切れていなかったのである。
それから遅い夕餉をみなで食べていたが、『
「なにがあったか知らんが、わらわは一回しか願いを、叶えてやらぬからな!」
「はい……」
「「「「「…………」」」」」
“伍”をはじめとした真白陰陽師たちは、少しくちびるを嚙みしめ、笑いをこらえてから、ぼんやりとした灯りに包まれた寝殿で、桜姫のお代わりの回数を賭けつつ食事をしていた。
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