第十三話
「なんじゃ、心配してきてみれば、そこいらの陰陽師との小競り合いとな? 心配して損した」
高欄の影から、地面で鎌首をもたげて、彼女を待っていた金の蛇の頭に、飛び移った桜姫は、いくら見習いでも、いくら前回怨霊退治に失敗しても、あれでも国一番と言われる『真白陰陽師』の一員。
まさかそこいらの陰陽師相手に、なにかあることもなかろうと、数名の
「みなに土産でも持って帰ってやろう」
そう呟くと、公卿たちが行き来する寝殿を離れ、食事を作る
「……やはりな。わらわのカンは冴えておる。ふふん!」
蔵の中にはぎっしりと米俵やら、塩漬けの魚やらの保存食が積んであった。桜姫が右手を上にあげ、なにかブツブツと呪文を唱えると、額にうっすらと浮かんでいる梵字が光る。
するとどうであろうか、一瞬蔵の中には光が満ちあふれ、次の瞬間、蔵はカラになっていた。
「
桜姫はひとりでうなずきながら、蛇に命じて庭からもの凄い速さで、里内裏をあとにすると、『呪いのやかた』に帰り、自分が閉じ込められていた蔵に、持って帰った戦利品を、再び手をかざして、光と共に取り出し、御殿飾りに帰って昼寝をしていた。
「一日二食か……三食でもよいのに……」
「まあまあ姫君……」
女房の花の精たちは、着替えを済ませ、小さな畳で昼寝をしだした彼女に、
やかたが騒々しくなったのは、それから数刻もたったころで、やかたの門を叩く大きな音がする。
「頼もう! どなたかいらっしゃらぬか!」」
「……うるさい」
「いま、式神の女房が見に行きましたわ……姫君?」
すいと体を起こした桜姫は目を細める。横にまたいた
「血の匂いがする……見に行ってきやれ。まだ、ほかの陰陽師は帰っておらぬのであろう?」
桜姫は嫌な予感がした。そしてそれは、見事に的中する。板に乗せられて運ばれてきたのは、あちらこちらにケガをした、血のにじむ狩衣を着た“伍”であった。
運んできたのは、検非違使の武官たちであろうか? こちらは大丈夫な様子である。
慌てた表情の彼らは、無表情な式神の女房に、この大けがの訳を話しているようだ。
「市井の陰陽師と聞いていたので、大丈夫だと安心しきって……」
「どこが市井の陰陽師じゃ! 腐って……腐ってはおらんが、その辺の陰陽師なら“伍”がこんなことになるわけなかろう!?」
「……返す言葉もない」
そう言うのは、しばらくしてから帰って来た“壱”である。
「わたしが行ってまいります。あと“壱”はいま少し正確な情報を手に入れるべきでしたな……こうなるなら、この子ひとりで、行かせる訳にはゆかなかったはず……」
先ほどから無言で“伍”の手当てをしていた、静かに怒りをたたえた“六”が、そう、ぼそりと口を開く。するとその声に反応したのか、手当が効いたのか、“伍”が目を覚まして口を開いていた。
「いえ、心遣いはありがたいのですが、今一度、今一度だけ、ひとりで行って参ります」
「“伍”……」
「このままでは“真白陰陽師”の名前に、僕が、傷を入れたままになりますから……」
固い決意を含んだ、幼さが残る彼の視線を見て、“六”は少し考えてから口を開く。
「次はいつ行くつもりだ?」
「いまから行って参ります。夜であれば、外に人もおらず、周囲に被害を与えることもございませんし、奴らのねぐらも分かっておりますから……」
「…………」
“伍”は、そう言って体を起こすと、心配そうに見ていた、彼を運び込んだ検非違使の武官に、謝罪をしてから“あれはすべて元、蔵人所の陰陽師。同行しても倒すまでは、どこかに身を隠しておいて欲しいと言い、「ひとりでも大丈夫です!」そう言い残して、心配する他の真白陰陽師に、名前を汚したことを詫びると、彼らを連れて、やかたをあとにしていた。
「……心配。誰か隠れて見に行く?」
「誰と言っても……」
「分かった! そんなに見つめるな! そんなに心配なら、わらわが行ってやるわ!」
みなの視線は一点に、いや、彼女に集中していた。そうして桜姫は、再び強風の吹きすさぶ、そろそろ日の落ちかけた、やかたの外に、
「あの
「さあ?」
***
〈 天界にある畏れと祟りの世界 〉
この世界の最高神である真白の神は、雷公と共に、真上から桜姫を見ていた。
「あの
「あちらの世界から、公主殿の行方に、問い合わせが来ておりますが?」
「ほうっておけ! 公主殿の行方は知らぬ……あ――お腹痛い!」
「なにやらご機嫌ですな」
「……だって、あれを見やれ、おもしろいのなんのって!」
ひ――ひ――笑っている真白の神の指さした先には、
「はあ……たしかに、見ものですなぁ……」
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