第十三話

「なんじゃ、心配してきてみれば、そこいらの陰陽師との小競り合いとな? 心配して損した」


 高欄の影から地面で鎌首をもたげて待っていた金の蛇の頭に飛び移った桜姫は、いくら見習いでも、いくら前回怨霊退治に失敗しても、あれでも国一番と言われる『真白陰陽師』の一員。


 まさかそこいらの陰陽師相手になにかあることもなかろうと、数名のさむらいやら官吏を連れて、どこかへ出かけて行った“伍”をこっそり見送り、せっかく出て来たのだから、どれ、ひとつ里内裏さとだいり(内裏が使えないときに、帝が移り住む后妃の実家)にでも寄って、土産でももらって帰るかと、大内裏にあるこの検非違使所からすぐにある里内裏にゆく。


「みなに土産でも持って帰ってやろう」


 そう呟くと、公卿たちが行き来する神殿を離れ、食事を作る台盤所だいばんどころであがる湯気をたよりに近づくと、そこで作られている何十という食事を横目に通り過ぎ、建物から少し離れたところにある蔵にゆく。


「……やはりな。わらわのカンは冴えておる。ふふん!」


 蔵の中にはぎっしりと米俵やら、塩漬けの魚やらの保存食。桜姫が右手を上にあげ、なにかブツブツと呪文を唱えると、額にうっすらと浮かんでいる梵字が光る。


 するとどうであろう。一瞬蔵の中には光が満ちあふれ、次の瞬間、蔵はカラになっていた。


きんは出してやるわ、食べ物は調達してやるわ、わらわは本当に福の神じゃ」


 桜姫はひとりでうなずきながら、蛇に命じて庭からもの凄い速さで、里内裏をあとにすると、『呪いのやかた』に帰り、自分が閉じ込められていた蔵に、持って帰った戦利品を再び手をかざして光と共に取り出し、御殿飾りに帰って昼寝をしていた。


「一日二食か……三食でもよいのに……」

「まあまあ姫君……」


 女房の花の精たちは、着替えを済ませ、小さな畳で昼寝をしだした彼女にしとねを掛けると、ほほ笑みながら寝顔を見つめていた。


 やかたが騒々しくなったのは、それから数刻もたったころである。門を叩く大きな音がする。


「頼もう! どなたかいらっしゃらぬか!」


「……うるさい…」

「いま、式神の女房が見に行きましたわ……姫君?」


 すいと体を起こした桜姫は目を細める。横にまだいた螺鈿の君は、上品で冷たい美貌に似合わぬ欲の浮かんだ笑みを浮かべ、ほんの少し舌で唇をなぞっていた。


「血の匂いがする……見に行ってきやれ。まだ、ほかの陰陽師は帰っておらぬのであろう?」


 桜姫は嫌な予感がした。そして、それは見事に的中するのである。板に乗せられて運ばれてきたのは、あちらこちらにケガをした、血のにじむ狩衣を着た“伍”


 運んできたのは、検非違使の武官たちであろうか? こちらは大丈夫な様子であった。

慌てた表情の彼らは無表情な式神の女房に、この大けがの訳を話しているようだ。


「市井の陰陽師と聞いていたので、大丈夫だと安心しきって……」

「どこが市井の陰陽師じゃ! 腐って……腐ってはおらんが、その辺の陰陽師なら“伍”がこんなことになるわけなかろう!」

「……返す言葉もない」


 そう言うのは、しばらくしてから帰って来た“壱”である。


「わたしが行ってまいります。あと、“壱”はいま少し正確な情報を手に入れるべきでしたな……。こうなるなら、この子ひとりで行かせる訳にはゆかなかったはず……」


 先ほどから無言で“伍”の手当てをしていた、静かに怒りをたたえた“六”が、そうぼそりと口を開く。するとその声に反応したのか、手当が効いたのか、“伍”が目を覚まして口を開く。


「いえ、心遣いはありがたいのですが、今一度、今一度だけひとりで行って参ります」

「“伍”……」

「このままでは“真白陰陽師”の名前に僕が、傷を入れたままになりますから……」


 固い決意を含んだ幼さが残る彼の視線を見て、“六”は少し考えてから口を開く。


「次はいつ行くつもりだ?」

「いまから行って参ります。夜であれば、外に人もおらず、周囲に被害を与えることもございませんし、奴らのねぐらも分かっておりますから!」

「…………」


 そう言って体を起こすと、心配そうに見ていた、彼を運び込んだ検非違使の武官に、謝罪をしてから、“伍”は、あれはすべて元陰陽師。同行しても倒すまでは、どこかに身を隠しておいて欲しいと言い「一人でも大丈夫です!」そう言うと、心配する他の真白陰陽師に、名前を汚したことを詫びると、彼らを連れて、やかたをあとにしていた。


「……心配。誰か隠れて見に行く?」

「誰と言っても……」


「分かった! そんなに見つめるな! そんなに心配なら、わらわが行ってやるわ!」


 みなの視線は一点に、いや、彼女に集中していた。そうして桜姫は、再び強風の吹きすさぶ、そろそろ日の落ちかけたやかたの外にさかずきを被ると、金の蛇にまたがり“六”に姿がしばらく消える“呪”をかけてもらい、今度は十二単のまま、空を飛んで出かけて行ったのである。


「あのさかずき、なんの意味があるんだろうね?」

「さあ?」



〈 天界にある畏れと祟りの世界 〉


 この世界の最高神である真白の神は、雷公と共に、真上から桜姫を見ていた。


「あのさかずき……隠れているつもりなのかのう? 実に可愛らしい公主殿だ」

「あちらの世界から、公主殿の行方の問い合わせが来ておりますが?」

「ほうっておけ。公主殿は依然、行方不明じゃ……あ――お腹痛い!」

「なにやらご機嫌ですな」

「……だって、あれを見やれ、おもしろいのなんのって!」


ひ――ひ――笑っている真白の神の指さした先には、さかずきを被った竜の姫君。


「はあ……たしかに、見ものですなぁ……」 

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