第十二話

〈 平安京の俯瞰的ふかんてきみやこの景色 〉


 平安京の都は、三方を山に囲まれ、東と西に川が流れている。


 北の端には内裏だいりを囲む、官庁街である大内裏だいだいりが配置され、朱雀大路と呼ばれる大きな道路が、そこから都の中心を南の端の羅城門まで真っすぐに都を貫いていた。


 朱雀大路の東側を左京さきょう、西側を右京うきょうと呼び、都の中心よりも、やや大内裏よりの南北に、四条大路が走っている。


 四条大路より北には貴族のやかたが集中し、四条大路よりも南にある五条大路より向こう側には、市場や庶民の暮らす地域が広がっていた。


 都の南端の中心には羅城門らじょうもん



***



 さて、大慌てで飛び出した桜姫の心配をよそに、『鬼』ではない“壱”は、姫君に聞こえるように、あんなことを言いながら、真っ青な顔の“伍”に、意味ありげな視線をやると、なにか書いてある書状を手渡し、花の女房たちに、わざと聞こえるような独り言を言ってから、残り全員で愛宕郡おたぎごおりに出かけてゆき“伍”は、目立たない狩衣に着替えると、大内裏にある検非違使所けびいしどころを訪ねていた。


 この検非違使けびいしというのは、京内の治安維持や風俗を、取り締まったり、役人の違法行為の目付まで担当する、いまでいうところの警察組織のようなものである。


 “伍”は、通りかかった下働きの小舎人ことねりに、蔵人所くろうどどころの別当の使いだと言い、検非違使けびいしの別当のところに案内してもらう。


「はっ、蔵人所くろうどどころの別当のお使い! 少々おまちください!」


 小舎人ことねりが慌てたのも無理はない。同じ別当という職名ではあるが、蔵人所くろうどどころの別当の官位は二位、ここの長官かみである検非違使けびいしの別当といえば、従四位上、ずいぶん身分的には違う。(関係はないが、内裏に正式に参内できる身分は五位以上で、殿上人てんじょうびとと呼ばれている。)


 内裏は、ほぼ全焼してしまったが、幸いにも内裏を取り巻く『大内裏・霞が関』は、類焼を免れたので、平常通り、いや、検非違使などは、この騒ぎに便乗した事件が多発して、とんでもない忙しさであった。


 “伍”が所属している、あるいは所属していた? 陰陽寮は、この大内裏にある八省と呼ばれる省庁の中でも最大規模、最大権力を握る中務省に属していたため、建物も多く、なにかをするにも、あちらに書類を送り、こちらに話をつけ……と、煩雑な手続きが多かったが、ここはその中務省に比べると、随分簡素な造りで、一応は客間風の最低限の設えになっている部屋に通される。


 待つこと数刻、こちらも簡素な狩衣姿に、烏帽子をかぶった人物が、武官をともなって現れる。どうやらこの人物が、検非違使の別当であるらしい。


 向かいに腰かけた彼に“伍”は“壱”から預かった書状を差し出す。彼はざっと目を通すと「ありがたい」そう、ひとこと言い置いてから“伍”に頼みたい、とある事件のことを話し出し、それを聞いた“伍”は、正直に言うと頭が痛かった。


 今回の不始末で、『蔵人所陰陽師くろうどどころのおんみょうじ』が解雇され、五条大路より向こう側、庶民の暮らす地域で大問題を起こしているらしい。


「京中の治安は、われら検非違使の担当なれど、式神を操っての狼藉ろうぜきとなれば、少々手を焼いていてな。ここにいる部下の大尉(従六位上)の鉛白えんぱくに話を通してあるので、ご同行願えればありがたい。なに、荒事はこちらが引き受けるので、あなたは、元の蔵人所陰陽師くろうどどころのおんみょうじを、しっかり押さえてくれればいい」


 まさか『真白陰陽師ましろのおんみょうじ』の中でも『オマケ』扱いの人物がやって来たと知らない別当は、鉛白えんぱくと、背中に変な汗をかいている“伍”を残し、そう言い残して、その場をあとにしていた。


「では、このたびの事件を説明させていただきます……」


 どこかで見たような……“伍”はそんなことを思いながら、話に耳を傾けて、だんだんと顔色を悪くしてゆく。


『これなら、まだ鬼退治の方が良かった!』


 通された部屋のすぐそばにある高欄こうらんと呼ばれる手すりの隙間から、中を覗いている『さかずきかぶり姫』もとい、探し回ってようやくたどり着いた桜姫には、まだ彼は気づいていなかった。


***


〈 五条大路の向こうにある市場 〉


 いつもは行き交う商人や庶民でにぎわう市場は、昼間だというのに、しんと静まり返っている。


 というのも、大火のあったあと、しばらくしてやってきた、なぞの陰陽師の集団が、『災難よけの札』を、法外な値段で、それぞれの店に買うようにと、やって来て、それを断ると、店には不幸が続き、あるいは火事まで起きる騒ぎとなっていたからだ。


 鉛白えんぱくと、数人の武官に連れられてやってきた市場の通りには、砂ぼこりだけが舞い、閉じられた板戸には、どうやら彼らが売りつけたと思われる『護符』とやらが貼ってあった。


「あれは確かに、元は蔵人所陰陽師くろうどどころのおんみょうじ……」


 どうやら職を失った彼らは、さすがに大勢の陰陽師がいる四条大路より北、貴族のやかたが集中する場所を避け、手っ取り早く、金の手に入る裕福な庶民が集まっていた、この市場を荒らし回っているようだった。


「困った……一応と言うか、内裏に勤めていた陰陽師ですよ? 実力派なんです。他の“真白陰陽師ましろのおんみょうじ”ならともかく……」

「???」


 検非違使の鉛白えんぱくは、自信なげに、なにやらブツブツ言っている“伍”を、怪訝けげんな顔で見ていたが、遠くから近づいて来た、くたびれた狩衣姿の数人を率いていた男は“伍”を見て、にっと笑った。


「なんだ、誰が来たのかと思えば……これはこれは“真白陰陽師ましろのおんみょうじ”殿……の、ではないか」


 男の周囲で笑いが巻き起こっていた。

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