第九話
〈 呪いのやかたの家主である某公卿のやかた 〉
「失礼ね! あんなの恋人じゃないわよ! ただの知り合い!」
母屋の端では女房や、内裏から下がって来た高貴な方々に付き従う女官が、公卿たちの話し合いを、こっそりのぞきつつ、小声でひそひそと話をしているところに、小さな影がふたつ、そろりそろりと近づいてくる。
彼女たちは、
手にきれいな雛人形を持ったままのふたりは、うわさ話に夢中になっている女たちの隠れている几帳を、しばらくじっと見ていたが、やがて顔を見合わせると、同じように几帳の影から、彼女たちが見ているようで見ていない……『“伍”の横にあるカゴ』を、やはりじっと見つめる。
「……うごいたでしゅ」
「わたくしも うごいたと そうおもいましゅ……」
そう、彼女たちが見ていたのは、籠のふたの隙間から、興味深そうに顔を出して、周囲をながめていた『桜姫』であった。
普段ならば、乳母も女官も付き添いのひとりもなく、彼女たちがうろうろしていることなど、ありえないことであったが、とにかくこの大火の大騒ぎで、帝が彼女たちの母の実家にあたるやかたにお移りになり、里内裏となったことから、殿上人たちの出入りや官吏の出入りも多く、気が落ち着かぬであろうと、女御の姉であり、となりあっていたこのやかたに、ふたりは女御とともに、下がっていたのである。
その可愛らしい声に、さすがに女たちは少女たちに気づき、
「あれ、あれ(桜姫)がほしい!」
「……でも いちおう きいてみないと」
「かまわないわよ! ことわるはずないでしゅ!」
小さな動く“お雛様”に夢中のふたりに、周囲の女たちの存在は見えておらず、周りが止めるのも聞かず、ふたりは満面の笑みで“伍”の横に置いてあった『桜姫の入っていたカゴ』に、手を伸ばしながら近づいてゆくと、間一髪、桜姫が逃げ出したカゴを持ち上げる。
「この
「……え? あの、その、それはちょっと無理かも――しれないです……」
「無理!?」
内親王殿下を相手に、どうやってお断りをしろと……。カゴの中で転げまわったあと、なんとか伸びてくる小さな手から逃げだし、周囲の驚いた視線も気にせずに、 “伍”のうしろに隠れていた桜姫は、大いに顔をしかめながら、あせる彼とそんな会話をしていた。
横に控えていた“六”が救いの声をかける。
「内親王殿下、畏れながら、その籠に入りし女人は、このやかたの守りにとお持ちした存在。うかつに手を触れてはなりません……」
「なに?」
「なにができるの? こんなちいさな おひめしゃまに?」
「そうじゃのう……では“
『“
その小さなつぶやきを聞きつけた“壱”は、そんなことになれば不参どころの騒ぎではないと、大慌てで桜姫をひっつかむと、ふところにいれていた呪縛の“呪”をかけた料紙で、桜姫を丸め、次にあたりを見回すと、今度も自分の“呪”で、寝殿の隅に紐で結んであった猫を、屏風の中の絵に閉じ込めてしまう。
それから姫宮たちの周囲でオロオロしていた女官たちに、「このままでは姫宮が絵に閉じ込められるぞ!」そう脅し、大慌てで彼女たちにぐずる小さな内親王たちを回収させ、料紙に丸めてしまう前に、周囲を威嚇していた桜姫を見たあと、なにかもの言いたげな公卿に、これまた珍しく愛想笑いをして、ありったけの知恵を絞ってこの困難から脱出しようとしていた。
「……あの猫は、我が家の北の方が大層可愛がっていたのだが? この始末どうつける?」
「…………」
かくして、彼らの京に広がるただ働きの怨霊退治の日々は、大いに不本意ながらも、はじまったのであった。
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