第六話
“参”と“四”が差し向う、ふたりの間、格子が描かれた碁盤の上に、石が並んでいる。特筆する話ではない。
混ざりあって打たれているべき碁石が、碁盤の手前と向こうに、同じ色の石が真横にならんでいる以外は……。
大きくなった蛇に巻きつかれている“弐”を見捨て“参”と“四”の打つ……いや、並べている石を再び見ていた“壱”は、大きくため息をついてから、首をぐるりと回した。
「石の間は、
「昨夜から死者の魂が、この
「でもほら、うち(
「“弐”……さっさと蛇を外して、朝餉の支度をしなさい……」
そう、実のところ、
特権階級的地位を持つ、彼ら『
が、『帝つきの陰陽師』である『
そうして、特に仕事熱心でもない彼らは、昨夜の“百の神による夜行”も、この世との交わりを断つ
この大火の大騒動で、慌てふためいて、
まだ印刷技術がないので、すべて手書きであった。
そして、“参”と“四”は、貴族の使いが、もうやって来たと、能面をつけたように、一様に同じ顔の式神の女房に告げられると、不可解な並びの碁盤の石の並びと“壱”を残したまま、『
***
〈 その頃の桜姫 〉
彼女は小さな御殿の、小さな
どこまでも広がる紺碧の空の上に、ふわふわとした、白くたなびく雲の『道』が、まるで“天動説”の中心、『あの宮殿』を世界の真ん中にあるように、幾重もの輪のように取り囲む。
すぐ近くにあった、わらわの
毎朝、黄金色の
落ちゆき、下界を吹き周る、色をなくした風を見届けて、仕事を終えると、また自分の小さな宮殿に戻り、歌を口ずさみながら、周りの大気から作り出した“色鮮やかな風”を、再び『玉』に詰めて、やがて来る昼下がりには、うとうとと
そんな、なにもなく、幸せな世界……。
「夢か……」
「桜姫さま?」
「お目覚めでございますか? いま、朝のお仕度の準備を……」
小さな漆塗りの
「いかんいかん、とりあえず、朝餉を食べよう……振り返ってもしかたない。腹が減ると、気持ちが重くなる一方じゃ……うん! うん? なにやら不穏な気配が……まあ、一応教えてやるか……」
漂って来た
「そんなモノを食べると腹を壊す。よいから離れよ……」
金の蛇は、まだ“弐”の首に、ぎっちりと巻きついていたのである。
「そんなモノとか、あんまりですよ? おかわりあげませんよ!?」
「うるさい……うん? “伍”はどうした? 言うことがあったに、思い出した!」
「仕事をしています。なんですか? 伝えておきましょうか?」
「う――ん。別に、たいしたことでもないと言えばないが、一応教えておこうと思うただけじやが……あのほら、この京の“鬼門を抱えた比叡山”というのが、あるであろう? 山が?」
「ありますね――、この間、行ったらもう山道が、険しいのなんのって、二度と行きたくないですね――」
“弐”が、そんな返事をしながら、人のサイズの朝餉の膳に、お代わりのご飯をいれた碗を、桜姫のために膳に乗せようとする。
「あそこ、いましがた山火事が起きて、ついに鬼門の結界が壊れたぞよ? 坊主どもが大騒ぎをしてうるさい。まあ、門を守る門神のふたりが、あの大火の日から消えておる。しかたないのう……」
「……え!?」
「ああっ、ご飯!」
日本昔話のように積み上げられた、真っ白なご飯が、米粒をまき散らしながら、お椀ごと床に転がり、米粒に
そして、自分より小さな七人の神と、一緒になって騒いでいた桜姫は、気づかなかった。それが、おのれに降りかかる災厄のはじまりだとは……。
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