第六話

 “参”と“四”が差し向う二人の間、格子が描かれた碁盤の上に、石が並んでいる。特筆する話ではない。

 混ざりあって打たれているべき碁石が、碁盤の手前と向こうに、同じ色の石が真横にならんでいる以外は。


 大きくなった蛇に巻きつかれている“弐”を見捨て、“参”と“四”の打つ……いや、並べている石を再び見ていた“壱”は、大きくため息をついてから、首をぐるりと回した。


「石の間は、三途川さんずのかわ。白はあの世、彼岸ひがん。黒はこの世、此岸しがんか……」

「昨夜から死者の魂が、この此岸しがんに、降り注いでおります……」


「でもほら、うち(陰陽寮おんみょうりょう)は、管轄外だから! ぐえっ!」

「“弐”……さっさと、蛇を外して、朝餉の支度をしなさい……」


 そう、実のところ、中務省なかつかさしょうが管轄している陰陽寮と神祇官で、すべての宮中の祭祀やらなにやらを回していると思われがちではあるが、実のところ、『帝』、つまり内裏の内側のことは、天皇直属の陰陽師『蔵人所陰陽師くろうどどころのおんみょうじ』の管轄である。あくまでも基本的に。


 特権階級的地位を持つ、彼ら『真白の陰陽師』には、内裏内へ干渉する権限がない訳でもない。


 が、『帝つきの陰陽師』である『蔵人所陰陽師くろうどどころのおんみょうじ』たちは、自分たちの誇りが傷つくのか、いまだ応援の連絡も、なんの音沙汰もなかった。


 そうして特に仕事熱心でもない『真白の陰陽師』の彼らは、昨夜の“百の神による夜行”も、この世との交わりを断つ紙垂しでに、念入りに込めた“しゅ”が、やかたを丸ごと彼らの“視界”を遮っていたので、みなでのんびりと夜空を見上げながら、『雷公らいこう』の眷属を数えていたし、星のめぐりとその関係性について、“伍”の教育係である“四”は、せっかくだからと“伍”に教えていたが、「まあ、また、今度ね……ねむたい……」などと、“四”は、陰陽師にあるまじき、いつものわがままを口にして、自分の曹司に帰って行ったので、「じゃ、今日はこれでお開き! また明日! 朝一番に取りに来る大量の具注暦ぐちゅうれき(暦と占いのついたスケジュール帖)は用意できているね?」「できているけど、なんで落として燃やすかな? その時点で大凶じゃね?」なんて言いながら、“六”以外は、さっさと寝ていたのである。


この大火の大騒動で、慌てふためいて、具注暦ぐちゅうれきを、なくしてしまった貴族も多く、いわゆる『真白の陰陽師』の『プレミア具注暦ぐちゅうれき』を求めて、大量の注文が来て、彼らは彼らで、それなりに忙しかったのである。(まだ印刷技術がないので、すべて手書きであった。)


 そして、“参”と“四”は、貴族の使いが、もうやって来たと、能面を付けたように、一様に同じ顔の式神の女房に告げられると、不可解な並びの碁盤の石の並びと、“壱”を残したまま、『具注暦ぐちゅうれき』を、“伍”に持ってくるように言いつけて、その場をあとにした。



〈その頃の桜姫〉


 彼女は小さな御殿の、小さなしとねで、昔の夢を見ていた。


 どこまでも広がる紺碧の空の上に、ふわふわとした、白くたなびく雲の『道』が、まるで“天動説”の中心、『あの宮殿』を世界の真ん中にあるように、幾重もの輪のように取り囲む。


 すぐ近くに会った、私のたまわった懐かしい『小さく幸せに満ちた公主の宮殿』は、春風のような明るい優しさに満ちた、真っ白な雲の上にある宮殿と庭でできていた。


 毎朝、黄金色の如雨露じょうろで、宮殿の周りに咲く花々に、幸せの露で祝福を与えてから、“あらゆる色鮮やかな風”を詰めた、煌めく水晶の『玉』を抱え、世界の中心の上で、その日の気分で、あるいは皇帝の意向で、下界に向けて、その日の“風”を、中で風の渦巻く玉を宙に浮かべ、空の上で玉を割り、風を撒くのが、わらわの唯一の仕事であった。


 落ちゆき、下界を吹き周る、色をなくした風を見届けて、仕事を終えると、また自分の小さな宮殿に戻り、歌を口ずさみながら、周りの大気から作り出した“色鮮やかな風”を、再び『玉』に詰めて、やがて来る昼下がりには、うとうとと微睡まどろむ。


 そんな、なにもなく、幸せな世界……。


「夢か……」


「桜姫さま?」

「お目覚めでございますか? いま、朝のお仕度の準備を……」


 小さな漆塗りの角盥つのだらいやら、櫛箱くしばこやらを持った、そろいの十二単じゅうにひとえ姿の花の精たちに囲まれて、桜姫は、ぽつりと呟くと、昨夜のことを思い出し、しばらく苦々しい気持ちでいっぱいになり、小さな白い手で、閉じた檜扇ひおうぎを握り締める。


「いかんいかん、とりあえず、朝餉を食べよう……振り返ってもしかたない。腹が減ると、気持ちが重くなる一方じゃ……うん! うん? なにやら、不穏な……まあ、一応教えてやるか……」


 漂って来た朝餉あさげの香りに、身支度を済ませた桜姫は、頭の上に花を乗せた女房たちをつれて、小さな御殿から出ると、目をパチパチさせて、思わず言おうとしたことを、一瞬忘れていた。


「そんなモノを食べると腹を壊す。よいから離れよ……」


 金の蛇は、まだ“弐”の首に巻きついていたのである。


「そんなモノとか、あんまりですよ? お代わりあげませんよ?!」

「うるさい……うん? “伍”はどうした? 言うことがあったに、思い出した!」



「仕事をしています。なんですか? 伝えておきましょうか?」

「うーん。別に、大したことでもないと言えばないが、一応教えておこうと、思うただけじやが……あのほら、この京の“鬼門、比叡山”というのが、あるであろう?  山が?」

「ありますねー、この間、行ったらもう山道が険しいのなんのって、二度と行きたくないですねー」


 “弐”が、そんな返事をしながら、人のサイズの朝餉の膳に、お代わりのご飯をいれた碗を、桜姫のために膳に乗せようとする。


「あそこ、いましがた山火事が起きて、ついに鬼門のが開いたぞよ? 坊主どもが大騒ぎをしてうるさい。まあ、門を守る門神のふたりが、あの大火の日から消えておる。しかたないのう……」

「……え?!」

「ああっ、ご飯!!」


 日本昔話のように積み上げられた、真っ白なご飯が、米粒をまき散らしながら、お椀ごと床に転がり、米粒にいている七人の神も、桜姫と一緒に小さな抗議の声をあげていたが、それどころではないと、“弐”は姿を消す。


 そして、自分より小さな七人の神と、一緒になって騒いでいた桜姫は、気づかなかった。それが己に降りかかる災厄の始まりだとは……。

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