第四話

 岩の下敷きになり、昼前にようやく助け出された桜姫は、文句を言うのも疲れてしまい、「もう眠いから寝る」そう言うと、くだんの金色の蛇に乗って、どこかに行こうとするのを、慌てて“伍”が引き留める。


「なに? もう眠いし疲れた。今日の仕事は手伝わんぞよ?」

「違います違います。みんなに探してもらうように、頼んでいたんですけれど、いいものが見つかったんですよ……」

「???」


 そっと両手で抱き上げられた桜姫は、寝殿の奥の方に連れてこられる。


 そこには、ひな人形の飾りなどの原型となった、京の御所をそのまま模した素晴らしい『御殿飾り』が置いてあった。桜姫が住むのに、ちょうどよい大きさだった。


「ここで、お暮しになってはどうですか? 蔵の中は殺風景で寒いでしょう? ここだと誰かに踏まれる心配もありませんよ?」

「…………」


 桜姫は少しの間、とまどった様子で、にこにこしている彼の顔を、じっと見上げていたが、存外に気に入ったのか、金色の蛇を消すと、『御殿飾り』の中をきょろきょろと見て回り“伍”が用意してくれたらしき、小さなしとねや、集めていたらしき、花びらで作った小さな女房、周囲いわく『“伍”が使役する役に立たない花の精』にかしずかれて、うれしそうにしていた。


 彼女たちは、桜姫と同じくらいに小さく、みなそろいの側仕えの女房装束で、頭の上には、それぞれの花が咲いていて、とても可愛らしい。

 一番前の女房は、小さな椿の赤い花が咲いている。梅、桜、桃、そのうしろに続く小さな女房の頭には、みなそんな風に、小さな花が頭の上に咲いていて、桜姫は彼女たちがとても気に入った。


 たしかに、実用的ではないが、彼の優しい心遣いと特異な才能に、桜姫は感心する。


「では、僕は大内裏で仕事があるので」


 しばらくそんな様子をながめていた“伍”がそう言うと、「そなたは、根は良い子である……気をつけてな」そんな桜姫の優しい言葉が返って来て、びっくりしていると、小さな彼女が手招きをするので、そっと耳をよせる。


「……それ、本当ですか?」

「帰りによってみるがよい。この御殿の礼をつかわす……」


 “伍”が仕事帰り、桜姫に言われたとおりに、昨日の奇妙なやしきに寄って、例の女が寝ていたところに、おそるおそる近づいてみると……。


「そこには黄金の形になった、昨夜の骸骨女の死骸、いや“黄金の女人像”があったと!?」

「そうなんですよ! ほらっ!」

「やるな桜姫! 貧乏神と思っていたら、福の神だったか! “伍”次はもっと、大物の怨霊が出るといいな!」


 どこで借りたのか、むしろでくるんだ、大きな大八車を引いた“伍”が帰って来て、みなで取り囲んで、その中身に“弐”が大騒ぎをして、すぐに溶かして、米やら何やらと交換しに行ったのは、その翌日の夕刻の話。


「これで、しばらく文句を言われずに済みますよ! よかったですね! 好きなものはなんですか!?」

「菓子(果物)! 甘葛あまずら(※貴重なこの時代の砂糖の代用品)で、あま――く煮た菓子!」

「はいはい、なるべく早く用意しますから、今日は“弐”が作った夕餉が、沢山ありますからね」

「ふむ、それでは……」


 桜姫は、用意された、十人前はある夕餉を、小さな花の女房たちに、かしずかれながら食べ、うれしそうにしていた。


 その日の深夜、みなが寝静まった頃、『御殿飾り』の中から出て来た桜姫は“しゅ”を唱えると、部屋の隅に会った鏡箱から、鏡を浮かばせて、自分の前に浮かべていた。うっすらと光を放ったまま、中をのぞき込む。


「姿をあらわせ真白ましろの神よ……地獄のかまに“穴”があいておるぞ、はよう鋳掛いかけをして、釜の修理をせよ。そなたの仕事ぞ?」

「…………」


 しばらくすると、鏡の向こうから、この世の摂理から外れた存在でしかない、それほどに美しい、しかしながら、実にしどけなく着崩した直衣姿で、真っ白な長い髪を、そのま後ろでひとつに結わえた男の姿が現れる。どうやらこの男が、彼女の言う『真白ましろの神』のようであった。


 瞳の色はまるで、この世の憎悪を、すべて煮詰めたような、燃えるような、焼き尽くすような暗い緋色だった。


『……これはこれは、公主殿こうしゅどの、いったいどこで、お暮しかと思えば、そのようなあばら家に……紅姫が驚いて報告に来ておったが、まさかと思うていました……。父君と、ご兄弟が探していらっしゃいますぞ?』

「……まさか告げ口する気ではなかろうな?」


『龍の世界はあちらの世界、小さな“祟り神”の世界を総べる、わたしには関係のないこと……』

「それでは、さっさと、さっさと釜を……これ!? そなた、この人の世の混乱を面白がっておるな!」

「それはもう……余はであるからして……ああ、居場所を黙っているのは純粋な好意。余はそなたのことを気に入っておる。が、こちら側の世界のことは、こちらの決めること。対価もなしに、そなたの願いは聞けぬぞ、公主殿こうしゅどの。例外はなしじゃ……それでは……」


 にっと笑って、そう言うと、真白ましろの神と呼ばれた美しい姿の男君は、鏡の中から何事もなかったように消え、あとには、桜姫をうすぼんやりと映す鏡と、彼女だけがポツンと残っていた。


「こらまて、窯! 早く窯をなおせと言うておろうが!」


 返事はなく、桜姫はプリプリしながら、また『御殿飾り』に戻り、考えても仕方がないと、眠ることにした。


「地獄のかまか……やはり、なにか隠し事をしているな……」


 その出来事を、自分の曹司で式神から報告を受けていた、稀代の陰陽師の名を欲しいままにしている“六”は、ぼそりと呟いていた。


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